『さあ、パイを包んで焼きましょうか』

オーブンを温めている間に、器にシチューとチーズをたっぷりと入れて、パイ生地で包みます。オリーブオイルを塗って、後はじっくり焼くだけ。


その時、玄関のベルを鳴らす音が。


カノンさんが、到着したようです。
ワタシは、データ通りに扉の覗き窓からを覗きます。

これをやらないと、博士に叱られるんです。
人間は警戒する物らしいですね。

覗き窓から除くと、やっぱりカノンさんでした。

ニッコリと微笑んで、口許が緩んでいました。
これもデータ通り。カノンさんの笑顔は、暖かく、優しいんです。

ワタシにはよくわかりませんが、博士がよくいってます。
「あの子の笑顔は、春を運ぶ風の様だ」と。

……ワタシには難しいです。

『いらっしゃい。カノンさん、どうぞ』

「今晩は、ボロ。調子はどう?」

『油が欲しいです』

「まあ、博士ったらまだボロに油を挿してないのね」

『忙しい方ですから。どうぞ、お掛け下さい』

ワタシは、椅子を引いて彼女が座り易い様に促しました。
これも、データの中に入ってます。

レディーファースト。と、いう物ですね。
ワタシは、ダンディーと言う物を演じなければなりません。

『カノンさんも元気そうですね』

「ええ、私はいつでも元気よ。あの子達の面倒も見なくちゃいけないもの」

『体を壊さないで下さいね』

「まあ、ボロは優しいのね」


優しい? 今のが?
今のが……優しさ?

『ワタシは、データ通りに言っただけですが。今のが、優しいと言う感情なのですか?』

「そうよ。私の事を気遣ってくれたでしょ? さっき、椅子を引いてくれたのもそうよ」

『レディーファーストは優しさなのですね。データに保存しておきます』


彼女は笑いました。何がそんなに面白かったのでしょうか?

ワタシには、わかりません。