ごく普通のマンションに住む一組の夫婦。夫婦には一人の娘がいて何でも知りたがる五歳児だ。


「ねぇねぇ、まま。ままの初恋は何さい?」


娘は無邪気に母親に訊ねる。どうやら、通う幼稚園でそういった話題が出たようだ。


「ママの初恋?そうねぇ、16歳くらいかしら」


「まま、遅いんだね!しほは4さいだよ。トシくんがすき!」


「あらら、おませさんなのね」


「ままの初恋って、どんなのだったの?」


ころころ笑う母親は、恋を知る娘の成長に密かに驚きながら、微笑ましく思う。娘の知りたがることは出来る限り教えてやりたい親心はあるが、自分の恋を、しかも初恋を語るのは恥ずかしさが勝る。


「うーん、恥ずかしいわね」


「ねぇ、ねぇ、いいでしょ?教えて〜!」


「じゃぁ、ママが話したらお夕飯作り手伝ってちょうだい?」


「うん!」


迷い無く頷いた娘に絆された母親は、その重い口をゆっくりと開いた。





そうねぇ、ママの初恋の人は仮にKくんとしましょうか。


私がKと出会ったのは、そうそう。今日みたいに綺麗な夕焼け空に白い雲が薄く泳いで春の日だったわ。


桜の色と夕焼けが溶けて、優しい色だったのを、今でも覚えてる。