「16歳自然。原因はいじめか。だって」
スマートフォンを片手にコロッケパンにかぶりつく岩瀬を横目にカツサンドの封を開ける。最近よく聞く類のニュースに無感情の冷たい文字で綴られている。このネットニュースには感情が感じ取れない。こんなもの、あったことを他人事のようにただ綴っているただの作業に過ぎない。
「また?最近多いよなぁ。」
ソースべったりのカツサンドを飲み込み、素直な感想を述べる。
「辛かったのかな」
コロッケパンをかじってお茶で流し込んでからもう一度スマホを片手に持つ岩瀬にすぐに言い返した。
「幸せなやつが自殺するかよ」
「だよなぁ」とだけ呟いてすぐにスマホをおいてコロッケパンを平らげてしまった。
「五限目ってなに?」
お前の真後ろの時間割表見ろよ。といいたいがぼんやりと「数学。」とだけ答える。
「あー数学なぁ。ふー。課題やってねぇ。」
そういって机の上に突っ伏してしまった。岩瀬のこの余裕は一体どこから出るのだろうか。俺は黙って自分の課題を岩瀬の前に差し出す。合ってるのか間違ってるのかもわからない。それでもやってないよりかはマシだろう。
「さんきゅ」
整った顔立ちによく似合う涼しい笑みで笑った。前髪から見える二重瞼の目がプリントに向けられたので、残りの昼休み20分を音楽を聴いて過ごすことに決めた。ビビッドカラーの赤地に音符のついたアイコンをタップすると『お気に入り欄』が出てきたので即ツータップ。イヤホンを耳にはめて何気なく窓の外を見る。突き抜けるような青空に木の緑が映えている。湿気も低く、雲一つ無い空に少し見とれた。
「おーい。意識トんでるぞー。ていうかお前、いつもそれだよな」
俺のスマホを指差して岩瀬が小馬鹿にしてきた。確かにいつもこの曲を聴くけどそれがなんだというのだ。
「お前はいつも俺の課題写すよな」
と言い返してみた。
「嘘嘘っ。日々変わらないのも大事だよな」
どんなフォローだよ。
「言ったな??じゃあ明日の昼飯もお前コロパンな?」
「昼飯の自由権ぐらいくれよー」
「なら音楽の趣味の自由権ぐらいくれ」
こんな下らないやりとりのせいでサビを聞き逃してしまった。本音を言うとこいつの昼飯は課題のプリントでも食ってればいい。
そう思っていると、頭に何かがぶつかった。国語辞典…?
「日高君。ちょっといいかな?」
どうやら頭を国語辞典で軽く殴られたらしい。それは座って音楽を聴いている人間を呼びかける言葉として相応しいものですかね??
「何…?」
国語辞典を持って仁王立ちしているのはクラスメートの岡崎だった。片手で短くしたスカートを握りしめて、顔はどうやら不機嫌。そしてもう片手には国語辞典。これじゃまるでゴリラだ。
「カツサンド…売店ラスイチ取ったでしょ…!?」
言い方に配慮をいただきたい。人を万引き犯みたいに言わないでほしい。今度は買い物の自由権まで奪われそうだ。
「取ってない。お金払ったもん。ていうか岡崎が買いに行くの遅かっただけでしょ」
「私のカツサンドの恨みは怖いからね。今日の放課後、何か奢ってよね。」
「だから、俺は悪くなくない?」
「ホームルーム終わったら速攻で捕まえるから」
どうやら発言の権利までこのゴリラに奪われてしまったようだ。岡崎ゴリラ。良い響きだ。
「いやいや~購買遅れた岡崎ちゃんにも責任あるっしょ~」
ふらふらと軽いノリで岩瀬が答える。持つべき物は友達だ。うん。課題を貸してやったんだ。それくらいしてくれてもいいだろう。
「あっ、岩瀬くん六限目理科だけど課題、私の貸そうか?」
「日高。お前購買行くときくらい岡崎ちゃんのことも考えろよな」
前言撤回こいつら嫌い。
「いや、俺が貸すからいいよ」
そうだ。いつも貸してるんだから俺でもいいだろ。何も岡崎じゃなくても。
「俺、むさい男より可愛い女子に借りたい派男子。」
明日のこいつの昼飯はカラフルな色のキノコとかどうでしょうか。このゴリラには購買に行く権利を無くしましょう日本国民の皆さん。でもそんな日本国民の皆さんは2:1で俺の負けというでしょう。くそ…民主主義め…。予鈴と共に俺らの、地球が始まって以来最高に下らない戦いに終わりを告げた。
六限目の理科が始まる前にはきっちり岡崎がニコニコと課題を貸して、口角あがりまくりの岩瀬が借りていた。
そんな俺はいつもの曲を流しながら耳にイヤホンをはめていた。
ぼんやりと財布の中身を思い出し、奢らされる覚悟を決めた。今月はしばらく昼飯持参も覚悟の上で瞬きもせずに動かない景色を眺めた。
突き抜けるような雲一つ無い空が、白く霞んだ気がした。