『小澤琢磨』

本の裏表紙に挟まれた図書カードに書かれた名前はとても几帳面で形が整っていた。

小澤くんらしい字だ。
その字を見ているうちに私の頭の中では小澤くんの顔が浮かんでは消えた。

もの面影に私は妙に胸が騒ぎ出すのを止めることができなかった。
この気持ちは何だろう?

私は自分の気持ちを誤魔化すように今日借りたばかりの本の表紙を開けたり閉じたりを繰り返した。

この本は有名な女流作家が書いたミステリーのハードカバーだ。

小澤くん、こういう本を読むんだ。

私は本のページをペラペラとめくりながら小澤くんの痕跡を探した。

私はこういう本は読まない。

だが、小澤くんの名前の下に誰かの名前が書かれる事が嫌な気がして、小澤くんから本を受けとった後、私がこの本を借りたのだ。

私は『小澤琢磨』という名前の下に『佐々木ともえ』と言う名前を書いた。

小澤くんの字と違って幼い丸文字はかなりみっともなかったけれど、私の心は妙に満たされている。

並んだ私と小澤くんの名前は雨の日の相合い傘を思い出させた。

それだけで甘酸っぱい気持ちでいっぱいになり、きゅうと胸を締め付ける。

もの感情は私にたった一つの答えを与えた。
私は小澤くんが好き。