ドクン……ドクン……
心臓の音だけが、耳に届く。
レーンに近づくほど、その音が鮮明になる。
さっきプレッシャーはとれたはずなのに……
これは緊張か。
2度目の舞台。
レーンに立つとアナウンスが流れていった。
あぁ、この空気に呑まれてしまいそうだ。
頑張ると言ったのに、このままだとまずい。
手首を回したり膝を曲げたりして、緊張をほぐそうとしてみる。
「…………大丈夫」
今まで以上に練習した。
もう二度と、あんな走りはしない。
気合いを入れろ。
走ることだけに集中するんだ………
「────和哉くんっ!」
「…っ!」
声が、届いた。
いつも電話越しに聞いていた、あの声。
彼女の声だけが、辺りに響いた気がした。
ゆっくりと顔をあげれば、観覧席の一番前から心配そうにこっちを見つめている彼女の姿が目に入る。
「…………大丈夫だよ」
揺らぐことのない絶対的な自信が、自分を纏った気がした。
『On Your Marks…』
不思議だな……。
さっきまで緊張でいっぱいだったはずなのに、風結の声を聞いただけでなんでもできそうな気がしてくる。
彼女の声が、彼女の存在が、俺に力を与えてくれる。
それはきっと、今日だけじゃない。
今までも、そしてこれからも続いていく未来でも、当たり前のように。
スターターピストルが鳴り響く瞬間、俺は笑みを浮かべていた。



