「な、なんだよ。男いるならさっさと言えよな!」




チッ、と舌打ちして背中を向け、そそくさと退散していく男の人。


遠くなるその背中を呆気にとられながら見送って。




「……最低な奴だな」





背後に聞こえた低い声に振り向けば、
その声の持ち主が視界に飛び込んでくる。




見知らぬ、背の高い男の子。

無造作に整えられた黒髪のショートヘア、鼻筋がすうっと通っていて、格好いい。




だけど、その涼しげな瞳やきゅっと固く結ばれた唇が近寄りがたいオーラを放っている。





ただ見惚れて彼から目を離せずにいると、彼はぼそりと口を動かした。





「よかったな。……何もなくて」





あまりにも独り言のように言うから、
それが私に向けられた言葉だと気づくのに時間がかかった。




理解して、それから安堵が心の中にじわじわと広がってくる。




助かったんだ、私。

助けてくれたんだ、この人が。





さっきまで男の人に掴まれていた腕には、まだしつこく感触が残っていて気持ちわるいし思い出しては寒気がする。





本当に怖かったんだ。






俯いた私の目から、ぽたりと涙の雫が落ちて、ようやく自分が恐怖に震えていたことを思い出した。




一度涙がこぼれると、それはなかなか止まらない。