それはこっちの台詞だ。
「……あれ、ノーカウントじゃなかったんだ」
「え?」
こぼれ落ちた独白は桜庭さんには聞こえなかったらしく、彼女はきょとんと首を傾げている。
────あのとき、電車の中で唇が触れたとき。
すぐに離れれば、ただの事故で済んだのに、このまま離したくないという衝動に駆られて、離すのが惜しくて。
だから、わざとなんだ。
事故にかこつけて、動けなかったふりをした。
自分がそうしたくせに、あのあと桜庭さんにどう言い訳したらいいかわからなくて、うやむやに誤魔化したんだ。
あの感触はしばらく頭をはなれてくれなくて─────。
あのキスが桜庭さんにとっても意味のあるものだったことを今更知って、柄にもなく舞い上がる。
ごまかすように窓の外に視線を移せば、文化祭レベルとは思えないほどの大輪の花火が咲いては散っていた。
きっと、屋上やグラウンドなんかではなかなかの盛り上がりを見せている頃だろう。
うらはらに、ここ、ふたりきりの図書室は祭りの喧騒から切り離されたようだった。
ふたりだけの、秘密の空間。
俺の胸にもたれかかっていた桜庭さんが、突然ぱっと身体を離して、俺を見上げた。



