『それで……あのさ、桜庭さんにお願いがあるんだけど』



お願い……?

はて、と首を傾げる。




『俺んとこ、親ふたりとも仕事で夜遅くまで帰ってこないんだ。で、今葵依とふたりきりなんだけど、俺こんな状態だし、まともに面倒みてやれなくて』




桜庭さんが、よかったら、なんだけど。




『今日だけ、葵依の相手してやってくれないかな』



砂川くんが “お願い” なんて言うから、どんな大それたことなんだろうと身構えていたけれど、そんなことでいいなら。



「私で良かったら、全然いいよ」



そう言うと、砂川くんがほっとしたように息をついた。



『よかった。桜庭さんが来てくれるなら、助かる。……葵依、桜庭さんには懐いてるから』




懐いてくれているなんて嬉しいな。


甘えてくれる葵依ちゃんは天使みたいにかわいいし、私ももうほとんど自分の妹のように思っている。




『あとで、俺ん家の住所送っとく』


「ありがとう、なるべく早く行くね」


『別に急がなくてもいいけど……。でも、待ってる』




じゃあ、と砂川くんが言って、ぷつりと電話が切れた。




電話って、いつもより声が近く感じるし、息づかいなんかも聞こえるし、なんだか普通に話すより────……。



なんて、電話の切れたケータイ片手に少しの間呆けていたけれど、はっと我に返って。



……駄目だ、砂川くんの風邪という緊急事態に、そんなことを考えている場合じゃない。




とにかく、早く向かわないと。



そう思って足早に学校を後にした。