新入部員は二人だった。ボーカルを希望している浜田と、入ると言ってくれた澤野だ。
「先輩、さようならー!」
「さようなら」
用事があるということで、澤野は少し早く帰った。
浜田は風邪をひいて休み。昨日は無理をして部活に来たのだが、声が出なくなるぞと言って帰らせた。
練習熱心なのは良いが、のどは大切にしてほしい。
僕も蔵王さんに追い付きたくて、体調が良くないときでも練習しようとしたな。
蔵王さんは委員会があるからまだ来ていない。
三人がいない教室で、文化祭の発表について話し合う。
「なあ、蔵王って最近調子乗ってないか?」
背もたれに思いきりもたれかかった照先は、僕たちに同意を求めた。
「この前蔵王に金を借りたんだけどさ、返せってうるさいんだ。金持ちのくせに二週間も待てないのかよ」
「先輩は確かにうるさいよー。二股かけてたらめっちゃ怒られたし。他人の交際にまで口出しするとはねー」
照先が借りたのは2000円だ。家が裕福だとしても、中学生としてはかなりの大金だ。
守築は二股どころでは済まず、他の子にも手を出している。守築のファンの中では派閥が出来ていた。一番じゃなくてもいいから付き合いたくて、部活が終わるまで待ったりする女子が増えた。しかし、純粋に曲を聴きに来た人はきゃあきゃあうるさくて聴こえない、と困っていた。
こんなはずじゃなかった。
陰湿でチクチクした悪口なんか聞きたくない。こんなかっこ悪いバンドのまま文化祭に出るのか?
「どうする?やっぱりやっちゃう?」
鈴城がいつものゆったりした口調で聞く。
こんな状態だというのに、永田は笑っていた。頬杖をついていた永田は、引き出しから一枚の紙を取りだし、机の上にのせた。
「蔵王は校外での活動も反対していたね。このままだと部活内の空気が悪くなる。蔵王には文化祭の前に辞めてもらおう」
蔵王さんは悪くないのに、最後の文化祭に出られなくする。
永田の判断にゾッとした。
「受験生だから内申も気にするだろうね。蔵王は持ってきてはいけないものをやり取りしている。そういうことにして、退部届けを出さないと先生に報告する、と言うんだ」
「永田はえげつないことするな。……盗品を売ってることにすれば、絶対にチクられたくないよな?」
「そうだね。盗品ということにしよう。部員の物だけにすると怪しまれるから、鈴城と照先は他の人の物も集めてくれ」
「わかった」
「任せてー」
照先と鈴城は立ち上がり、教室から出ていく。
「俺はー?」
「守築は当日まで何もしなくていい。緋梅」
僕も呼ばれた。永田はクラスでもリーダー的存在で、逆らえば孤立する。
「この紙に書いてあることを読んで、退部届けを渡すんだ」
こんな部活、蔵王さんと一緒に抜け出してしまおうか。後輩にも真実を教えて、どこか違うところで活動しよう。
断る言葉を考えていると、永田は退部届けを近付ける。
「蔵王がいなくなれば、君の立場は安定するよ。二人より一人の方が注目されるよ」
永田は人を動かすのが上手い。
「緋梅は蔵王を抜かしたと思うんだ。Geometric unionには、相応しい実力を持った生徒だけが残る。その方が文化祭は盛り上がるよね?」
追い抜かした?追い付くどころか追い抜かした?
顔が綻び、もう他の選択肢は無くなっていた。
「わかったよ」
退部届けを受け取り、永田たちを見る。
今の僕は永田たちのように、ニヤニヤ笑っているのだろう。
「先輩、さようならー!」
「さようなら」
用事があるということで、澤野は少し早く帰った。
浜田は風邪をひいて休み。昨日は無理をして部活に来たのだが、声が出なくなるぞと言って帰らせた。
練習熱心なのは良いが、のどは大切にしてほしい。
僕も蔵王さんに追い付きたくて、体調が良くないときでも練習しようとしたな。
蔵王さんは委員会があるからまだ来ていない。
三人がいない教室で、文化祭の発表について話し合う。
「なあ、蔵王って最近調子乗ってないか?」
背もたれに思いきりもたれかかった照先は、僕たちに同意を求めた。
「この前蔵王に金を借りたんだけどさ、返せってうるさいんだ。金持ちのくせに二週間も待てないのかよ」
「先輩は確かにうるさいよー。二股かけてたらめっちゃ怒られたし。他人の交際にまで口出しするとはねー」
照先が借りたのは2000円だ。家が裕福だとしても、中学生としてはかなりの大金だ。
守築は二股どころでは済まず、他の子にも手を出している。守築のファンの中では派閥が出来ていた。一番じゃなくてもいいから付き合いたくて、部活が終わるまで待ったりする女子が増えた。しかし、純粋に曲を聴きに来た人はきゃあきゃあうるさくて聴こえない、と困っていた。
こんなはずじゃなかった。
陰湿でチクチクした悪口なんか聞きたくない。こんなかっこ悪いバンドのまま文化祭に出るのか?
「どうする?やっぱりやっちゃう?」
鈴城がいつものゆったりした口調で聞く。
こんな状態だというのに、永田は笑っていた。頬杖をついていた永田は、引き出しから一枚の紙を取りだし、机の上にのせた。
「蔵王は校外での活動も反対していたね。このままだと部活内の空気が悪くなる。蔵王には文化祭の前に辞めてもらおう」
蔵王さんは悪くないのに、最後の文化祭に出られなくする。
永田の判断にゾッとした。
「受験生だから内申も気にするだろうね。蔵王は持ってきてはいけないものをやり取りしている。そういうことにして、退部届けを出さないと先生に報告する、と言うんだ」
「永田はえげつないことするな。……盗品を売ってることにすれば、絶対にチクられたくないよな?」
「そうだね。盗品ということにしよう。部員の物だけにすると怪しまれるから、鈴城と照先は他の人の物も集めてくれ」
「わかった」
「任せてー」
照先と鈴城は立ち上がり、教室から出ていく。
「俺はー?」
「守築は当日まで何もしなくていい。緋梅」
僕も呼ばれた。永田はクラスでもリーダー的存在で、逆らえば孤立する。
「この紙に書いてあることを読んで、退部届けを渡すんだ」
こんな部活、蔵王さんと一緒に抜け出してしまおうか。後輩にも真実を教えて、どこか違うところで活動しよう。
断る言葉を考えていると、永田は退部届けを近付ける。
「蔵王がいなくなれば、君の立場は安定するよ。二人より一人の方が注目されるよ」
永田は人を動かすのが上手い。
「緋梅は蔵王を抜かしたと思うんだ。Geometric unionには、相応しい実力を持った生徒だけが残る。その方が文化祭は盛り上がるよね?」
追い抜かした?追い付くどころか追い抜かした?
顔が綻び、もう他の選択肢は無くなっていた。
「わかったよ」
退部届けを受け取り、永田たちを見る。
今の僕は永田たちのように、ニヤニヤ笑っているのだろう。


