逆の小指には大介さんが結びついたまま。年末から信州の実家に里帰りしてた彼からは、お土産を口実に、逢いたいとラインが来ていたし。どうしようかしら。

大真面目に悩みつつ、どこか愁一さんを妬かせたくて仕方ない不埒な悪戯心も。間違っても以前じゃ考えられなかった自分がいる。
 
進路も恋愛も結婚も。先生や親の期待通りにずっと優等生だった。離婚で色んなものが壊れた時。それまではみ出す勇気もなく、枠やカタチに囚われてたことに意味があったのかとひどく滑稽に思えた。
 
あの夜、見も知らないマスターの優しい微笑みに惹かれるまま、珈琲店に足を踏み入れたのは。自分でも説明がつかない衝動だった。

愁一さんはそれを本能だと言った。理屈も理由も要らない。思うようにひたすら愛して愛される。存分に満たされるその刹那が今は心底、愛おしい。火が点いたら燃え落ちて跡形も無くなる、そんな一瞬が。永遠より愛おしい。
 
 
「愁一さん・・・あのね」

綺麗に整った顔を真下に見つめれば。やんわり眼差しを細めてその先を待つ貴方。

「もしかしたら愁一さんに捕まったふりで逃げちゃう、狡いウサギかも知れないから。どこにいてもちゃんと見張っててね?」   

油断しないで。
ひとときだって目を離さないで。

手に入れる切なさに身を焦がして。私を愛し続けていて。





【完】