「・・・・・・すみません、知りませんでした」

私の驚いた視線に羽鳥さんは「社長と店長にしか言ってないから」と小さく笑いジョッキをあおる。

「・・・ま、色々あるよな」

呟くように言った彼に同情も沸いたかも知れない。あれは揉めても揉めなくても精神的にきつい。どっちにどう非があるかにも依るだろうけど、自分達だけの問題じゃなく互いの親族にまで及ぶことだから、後味の悪さったらないのだ。

うちの両親なんて未だに別れた元ダンナをボロクソに言う。聞いているこっちがうんざりするほど。引き摺っててもしょうがないから、もうどうでもいいのに。
 
「・・・直接的な理由はダンナの浮気です。でもまあ、そうなる何かが私にもあったんでしょうし、相手に子供も出来たそうなので別れました」

さらっと流して薄く笑んで見せると、羽鳥さんは「・・・そっか」と一つ息を吐いた。

「俺のところは、嫁が子供産んでから育児を理由に家事を全然やらなくなってさ。赤ん坊の時は納得して俺がやってたんだよ。それが3年も続くとさすがに限界かなって、・・・それでね」

「・・・お子さんは奥様が?」

「そう。家も買ったんだけど向こうの親が金出してるし。俺が出て、そのまま子供と住んでるよ。嫁の実家はそこそこ金のある家だしね、面倒見てくれるらしいから。なんかまあ結婚してた俺の5年を返せって言いたくなる感じだけど、しょうがないよな」

「それは・・・分かります」

苦そうに笑うしかない羽鳥さんに似たように返して。
 
人生を無駄に使わされた気になるのは当然だ。自分なりに家庭を守ろうと努力したことが全て水の泡と消える。自分なりに描いてたものが真っさらになる。不毛だ。でも。

結婚っていう経験は無駄じゃなかった。今はそう思う。“次”をどうするかは自分次第だし色んなさじ加減も分かる気がする。たぶん活かせる何かはあるはずだから。時間が経てば羽鳥さんも、虚しいだけじゃなくなると思う。

「羽鳥さんならきっとすぐに元を取って取り返せますよ。33歳でしたっけ?男の人は40歳デビューでも遅くないですから」

見た目も爽やか系で話題も豊富、仕事も出来る。第2の人生なんてすぐに転がり込んできそうだ。私は慰めでも何でもなく素直に言った。

「吉井さんは今何歳だっけ?って訊いていい?」

揚げ出し豆腐に箸を付けながら、羽鳥さんが視線を傾げてくる。

「29です。来年は30ですよ」