「・・・なんで謝るんだよ」

静かな声がして両手首が彼に掴まえられた。そして、顔を覆っていた掌をやんわり引き剥がされる。顔を上げることも出来ない私は捕らえられたまま、固く指を握り込んで項垂れた。

「睦月」

名前を呼ばれ、頭で反応するより先に躰が勝手に逃れようと身を捩る。

「逃げるな」

冷ややかに私の心臓を射貫き、息の根を止めた大介さんは。糸が切れた人形と化した私の手を強く引いてエレベーターに乗り込む。どこをどう歩いたかも私には何も見えていなかった。



そこがシティホテルのフロントだと理解しても、そのままエレベーターに乗せられても、背中で部屋のドアが閉まる音を聴いても。本気で振り解けば大介さんの手から逃げられた。いつでも。なのに。

抗おうとする意思は作用しなかった。脈打つ心臓の鼓動だけが耳について、思考回路が機能していない。・・・そんなぼんやりとした感覚。ただ脚がそこから一歩も進まず、ドアを背に立ち尽くす。

俯いて落とした視線の先に、こちらに向き合っている彼の靴先。やがて小さく息を吐いた大きな影。
 
「・・・お前の本当の気持ちが知りたい。無理やり抱くつもりなんか無いし駄目なら駄目で納得したいんだよ、ちゃんと」

静かな声には怒りや憤りは雑じってもいなくて。ゆるゆると私は顔を上げた。

「泣きそうな顔すんなバカ」

困ったような笑いを浮かべ腕を伸ばすと、私を胸元にぎゅっと閉じ込めた彼が切なげに呻く。

「言っとくけど俺だって今、相当グチャグチャだからな。どうやったら俺のものになるのかって頭ン中いっぱいで、保科さんにも誰にもお前をやりたくないし・・!」

普段から余裕あり気でこんな葛藤を聞かせたことも無い人だった。自分と変わらないのかと思ったら少し息苦しさが楽になった。

「・・・・・・大介さん」

私の呟くような声に反応して躰が離れ「・・・ん?」と声が返る。もう一度顔を上げ、ようやくまともに視線合わせられた視線。

すっきりとした目鼻立ち。短めの髪はワックスで整えられ、身だしなみもいつも清潔感があって。俗っぽい言い方をすれば割りと好みだったと思う。・・・今は前よりずっと好き。だけれど。
 
「・・・私は大介さんのものにはなれないから」

正直な気持ちと。・・・賭けにも似た何かと。

「それでもいいなら・・・抱いてください」