「・・・睦月」

柔らかい声が滑らかに頭上に響く。満たされたお腹と触れられている大きな掌の温もりのせいか、少し微睡みかけていた。寝不足っていうのも確かに要因のひとつ。

「ここに引っ越しておいで」

同じトーンで聴こえてきたそれに特に驚きは感じなかった。半分眠りに誘い込まれていた脳でも咀嚼して飲み込めてた。私は少しの間を置き「・・・・・・羽鳥さんのせい?」と目を瞑ったままで訊ねた。

愁一さんは。自分の領域に他人を招き入れても、留まらせることは本意じゃないだろうと思っていたから。もしその意思が羽鳥さんへの一時的な対抗心からなのだとしたら。私にとっても不本意・・・と言わざるを得ない。

「そうだね」

穏やかに肯定が返った。

「彼に先手を打たれる前に有利にしておこうっていう意図はあるかな」

まるで戦略家みたいな言い様に。私は気怠い躰を胸元から起こして愁一さんを見上げる。ぶつかった眼差しには迷いも澱みも窺えず、もっと深いところを探ろうと目を凝らす。

降参とでも言いたげに、微かな吐息雑じりの笑みを淡く浮かべた彼は。 

「意地やプライドで言ってるんじゃないよ。睦月を渡したくないってそれだけだから。・・・僕はひどい我がままなんだ。君の気持ちを二の次にしても、自分の思い通りにしたいんだからね」

どことなく容赦のない気配を滲ませ、最後はふわりと微笑んだ。

「だから諦めてもう僕のところにいなさい」

甘やかに私を縫い止める、絶対的な命令を下しながら。