濃紺の夜空を見上げ駅を出る。今日こそ保科さんに会えるかしら。心臓が波打つ。・・・何か合格発表でも見に行く心境。駅前を少し行って斜めに入った通り沿い、お店が近付くにつれ心臓の音が煩くなる。期待してしまうとガッカリ感で案外へこむから、閉まっててもしょうがないって自分に言い聞かせながら。

ドアの前に立つ。closedの札が掛かっているけど灯りは点いていた。思い切ってドアの取っ手を引いてみる。鍵もかかってなかった。ドアベルがカランカランと音を立て静かな店内に響く。

「・・・あの、こんばんは」

恐る恐る声をかけるとカウンターの奥で人の気配がして、蝶ネクタイとベストを着こなした、すらりとした佇まいの保科さんが姿を覗かせた。

「ああ睦月さん。こんばんは」

やんわりとした満面の微笑みで迎えられ心底ほっとする。

「・・・すみません、もう閉店されてるのに。こないだお借りした傘を返そうと思って」

目の前まで来た彼に、バッグから取り出した折り畳み傘を手渡す。

「ありがとうございました。とても助かりました」

「いいえ、大したことじゃありませんから」

「もっと早くお返しするつもりだったんですけど、通りがかったらずっと閉まってたみたいだったので・・・。遅くなってごめんなさい」

「先週は出掛ける用事があったりで、あまり開けてなかったんですよ。こちらこそすみません、僕の都合で」

「いえ。じゃあ・・・それだけだったので失礼します。・・・お邪魔しました」

お辞儀をし、ドアの方に向き直ろうとして。

「良かったら珈琲いかがですか。ぜひ寄っていってください睦月さん」

背中で聴こえた柔らかな声。本当にいつもどこか逆らえない。おずおずと半身振り返ると淡い笑みの彼と目が合った。

ほんとうは引き留めて欲しかった。そうしてくれるのを期待していた。願ってた。見透かされたかと・・・少し気恥ずかしさで頬に熱を感じたけれど。それより嬉しさのほうが大きく膨らんで。

「・・・あのじゃあ、お言葉に甘えて」

はにかんだように私は小さく微笑み返した。