「前に、『事故で死ねばよかった』って言ってましたよね。あの雨の時……今も、そう思いますか?」

葵はしばらく黙ると、やがて首を横に振った。

「なんでなんだろう。思えばこの間まで、晴那がいないなら俺も死んでしまいたいと思っていたけれど……」

今日見た夜空と同じ色をした葵の瞳が、結々の方に向けられる。

「多分、鈴本さんが傘を持って探しに来てくれたおかげかもな」

結々はただ、そうですか、とだけ言った。

自分でも驚くほど、柔らかな声だった。


どちらからともなく、二人は手を繋いでいた。

ピアニストのように繊細で、自分より一回り大きい手に、結々はなぜか緊張よりも安心した気持ちでいたのだった。

ベッドに背中を預け床に座り込んだまま、それはまるで夢の中の出来事のように、どちらかが思いつくまま話せば、もう片方が頷く。

そんなまどろみの時を過ごすうちに、二人はいつしか眠りに落ちてしまっていた。




数時間たって、先に目を覚ましたのは結々だった。

触れ合う肩の温もりに、寄り添って眠っていたのだと分かる。

そっと頭を動かすと、すぐ近くに葵の寝顔があった。

長い睫毛は伏せられ、静かな寝息を立てている。

穏やかなその表情には、もう以前のような苦しみはなかった。

さっきまで白々と部屋を灯していた照明の光は、カーテンの隙間から見える夜明けの白い空と混ざり合って、薄く透き通っている。

葵の体温を感じたまま、結々は昨日の出来事を思い返した。

海へ行って、葵の想いを聞いたこと。

無くした記憶を知りたいといわれたこと。

凍えるような寒さの中、二人で髪飾りを探したこと。

そして、葵の手の温かさ――

繋がれていた葵の指先は、今はほどけて力なく床に落ちてしまっている。

それをそっと絡め直すと、結々は穏やかな気持ちのまま、自然とこう思えた。

……先輩が晴那さんへの悲しみを乗り越えて、記憶を取り戻したら、その時は全てを打ち明けて、私のことを振ってもらおう

それは静かな決心だった。

不思議なことに、悲しみも恐れも感じない、澄みきった気持ちであった。