「どこらへんで落としたのか分かる?」

「帰りの電車の中ではあったから、多分その後だと思います」

二人が会話をするたびに、白く曇った息が流れて街灯の明かりに溶けてゆく。

結々が泣き止んだのを見ると、葵は柔く微笑んで空を見るように促した。

顔を上に向けてみると、今日は空気がしんと冷たくて、薄く氷を張ったような空に無数の星が瞬いている。

「すごい……」

「うん、綺麗だね。カメラ持ってくればよかった」

葵は珍しく、今日のデートにカメラを忘れてきていたのだ。

「なんだか、今日はあの時に似てるな」

「あの時?」

「うん。風邪ひいた俺を、鈴本さんが看病してくれた日。空気とか、においとか、あの夜暗い中で会話した時とそっくり」

あの日の夜、まだ葵の辛い記憶に触れたばかりの頃、葵の想いを聞いて一緒に泣いた。

手探りながら、その気持ちに寄り添いたいと傍にいた。

「あの時は、俺が泣いてた。今日は逆だね」

そう言って笑う。

「先輩」

「うん」

「私、この景色をちゃんと覚えておきますね。ここにカメラはないし、景色は変わってゆくけれど……今見ている景色を忘れたりしません」

葵と二人で歩いたこの景色を忘れない。

彼の細やかな表情の変化や雰囲気、そして星がとてもきれいだったことを。

いつか葵に嘘がばれて、こんな風に隣を歩くことがなくなっても、二人で見た同じ色をいつまでも心にとどめておこう。

そう思った。