一回の呼び出し音で、渋いバリトンの声が《奥様!》と耳に届く。相当怒っているようだ。

《全く、私に内緒で、今、どちらにお出でなのですか!》

「……あのぉ」と声を発すると、電話の向こうで相手が息を飲む。

《貴女は誰です! 奥様の携帯で何を!》
「あっ、ちょちょっと待って下さい。怪しい者ではありません」

慌てて事情を説明すると、執事の狭間さんが平謝りする。

《誠に申し訳ございません。多々、ご迷惑をお掛けいたしました。今すぐお迎えに参ります》

場所を伝え、我々も駅の出入り口に向かう。
狭間さんが黒塗りのベンツで現れたのは、それから約三十分後だった。

「冬夏ちゃん、お礼は改めてするわね。じゃあ、ごきげんよう」

皐月さんは天女のような微笑みを浮かべ、その場を後にした。
取り残された私は……しばし放心状態。疲れた……。

駅の時計を見ると……九時五十分。遅刻だ。
もう上条勝利とバトルする気力もない。

このまま帰ってしまおうか、と思いつつ、やはりあの高額セミナー料が頭にチラつく。

仕方が無い、と踵を返し、当初の予定通り、セミナーに向かう。