ご婦人をベンチに座らせ、「少し待っていて下さいね」と私は自販機に向かい、水の入ったペットボトルを二本買う。

そして二本とも蓋を開け、その内の一本でハンカチを濡らし、「これで冷やして下さい」と手渡す。

「それから、ご気分が落ち着いたら、これ、飲んで下さい」

もう一本の蓋を軽く閉め、ソッとご婦人の横に置く。

「ありがとう」

弱々しい声がご婦人の口から漏れ聞こえる。
よく見ると、とても綺麗な人だ。

「……ごめんなさいね。ご迷惑掛けて」
「いえ、気にしないで下さい。お互い様ですから」

情けは人のためならずだ。『善行は、積んで積んで山のように積んで、崩れた時、初めて我に返る』父の言葉だ。

「お若いのに、できた方ね」

フッと浮かんだ笑みと共に、頬に赤みが差す。

「遠慮無く頂くわ」

ご婦人がペットボトルに口を付ける。
フーッと息を吐き出し、「生き返ったわ」とホッとしたように言う。

「久し振りだったの、電車。あんなに混んでいるなんて思ってもいなかったわ」

どうやら、普段は車ばかり使っているようだ。

「まだ混む時間ですから」
「そうなのね。お勤め? 毎日大変ね」