〝任せて〟
桂木は、自分で言った通り、次の日にはこのように錚々たる応援&お手伝い名簿を携えてきた。
そのメンツを見れば、その頃まだ誰の応援にも付いていない輩ばかり。
そして、最初に俺が声を掛けた時、どうにも曖昧でハッキリした返事が貰えなかった輩ばかり。
桂木に押さえられていたのかもしれなかった。
思えば桐生も、すぐに返事が出来なかった1人だ。まさかと思うが桂木は、ゆくゆくは永田に捧げるつもりで準備していたのだろうか。
いつかこっそり聞いてみたい気もする。
女子ばかりで盛り上がる中、そこに、右川グループの男子、海川が1人、ふらっとやって来た。何となく声を掛けてみた所、「右川本人が何も言ってこないから、僕も進藤もよく分かんなくて」
曖昧に笑いながらも、こっちのビラは快く受け取ってくれた。
「海川って、放課後は、いつもどうしてんの」
帰宅部とは知っているけど。
「同好会とか。たまにお邪魔して。まー、地味に遊んでるっていうか」
「どこの同好会?」
「ボードゲームの会とか、クイズ研とか。BL研は興味無いけど、たまにお邪魔するかな。熱心な女子がいて、僕がいつも話し相手になってるよ」
正直、立ったまま、朝から俺は眠りに落ちそうになった。
結果、海川とは誰よりも長い時間をかけての雑談となる。
僕みたいなのがキミを独占していいの?何か妙な期待でも?そう言いたげに、海川は終始、落ち着かない様子だった。とりあえず悪い気はしないと思う。
こうして最大の浮動票・おとなしくて真面目な男子ネットワークにも、少しは働きかけておくとしよう。投票するかどうかは別として、仲間内で、「あいつは女子に囲まれていい気になってるよ」と、陰気な陰口は叩かない筈だ。
公約。
マニフェスト。
アジェンダー。
LINEも、フェイスブックも。
選挙活動は、時間を追う毎に、次第に活発になる。それぞれのHPも瞬時に立ちあがって、ポスターも動画応援メッセージも華々しく展開された。
「ポスターの事で相談がある」
桂木に呼び出されて、2時間目の休憩、急いで中庭に向かった。
中庭には1番大きな掲示板が設置されている。その他いくつかある掲示板に比べて、より一段と大きいポスターを掲げる事が出来るのだ。
永田は誇らしく部活の写真入りで仕上げていた。その隣、文化系らしく美術部に描かせたという重森像はあまりに高貴に出来過ぎていて、「似てねーワ」と、桂木は男前な悪態をつきながら、そのまた隣りの……あれ?
「俺のポスターは?」
確か貼ってあった筈。だが、そこには影も形も無かった。
盗まれた?まさかそんな事は。
「事後報告で悪いけど。ポスター変えようと思って。ダメかな?」
「あれじゃ、ダメなの?」
俺らしく、真面目そうな、硬そうな、制服姿と〝清き一票を〟という、お馴染みの1フレーズ。
「ツマんないから、日替わりにしようと思って」
「日替わり?」
そんな事を言い出す輩が初めてで、ツマんないと言われた屈辱より響いた。
「駄目?」
「い、いいけど」
実の所、ポスターは桂木任せ。本人はノータッチだから文句は言えない。
広げた新しいポスターを見れば、前回のポスターとは違う写真に変わっていて、ちょうど自分が部活をやってる最中が写っている。
いつ撮られたのか記憶に無かった。マジ小っ恥ずかしい。
「写真。これどうしたの」
「浅枝さんからもらった。朝は制服姿でしょ?違うショットも見せようよ。色々あったら面白いし、盛り上がるし、後輩だって喜ぶじゃん。勝手にやっちゃったけど、嫌だった?」
写真の出処は浅枝と知った。
桂木から事後報告の言い訳を盛大にカマされた気はしたが、「……いいけど」何だか暗に持ち上げられた気もする。
喜ぶという後輩の存在は2人ぐらいしか浮かんで来ないのに。
ふと見ると、あのチビは未だ、1枚も貼りだしていなかった。
〝右川カズミ〟と名札だけが寂しくブラ下がっている。だが、それが却って気になると、「こいつ、何やってんの?」と1部の話題には上っているようだ。
俺のパソコン、今頃どうなってんだ。
本当に売り飛ばされてしまったのか。1度も開かないまま。
右川が立つ時の事を考えて、色々と簡単なものは作ってあった。
プロフィール入りのチラシを始め、選挙ポスター。演説草稿。
投票までの営業スケジュールは、まるでアイドル並みの10分刻みである。
桂木ほど豪華ではないが、こっちが頭を下げて頼んで来てもらう応援メンバーのリストまで。その応援メンバ-が、右川に利用されているとは伝わって来ない。仲間の海川ですら、ノータッチ。
不意に、「ここ押さえて」と、桂木に頼まれて、ポスターの上端を留めた。
「ちなみに、次のポスターは?」と、訊くと、
「ふふ。腐女子のユーリが、ただいま鋭意製作中よ」
……スゴイ事になりそうだという事は分かった。
桂木はゲラゲラと笑って、「あたしだけかな?楽しいの」手際よく掲示板の汚れを拭き取る。
「明日の分のチラシ、紙足りなくなったから出しとくね」
「うん。わかる?コピーの」
「大丈夫。どっちも文化祭で色々やらされた仲だから」と、桂木は俺の肩をポンと叩いた。
「心配無用。分からなかったら阿木さんに聞く。だーかーらー、沢村は何も考えないで顔売る事に集中してね」
ついでに部室を回ってこようかなーと、くるくる丸めたポスターを剣に見立て、たまたまそこを通りがかった仲間らしい女子に、「えいッ!沢村クンをよろしくぅ」と、オドけて振り降ろした。
「またもう。2人、チョー仲良いじゃ~ん」と冷やかされると、「出たよ。またもぉ~」と、桂木は微妙に赤くなりながら抵抗して見せる。
桐生が見ていない事を確認。俺も一緒になって、「またもうー」と笑った。
この程度の冷やかしは、想定内。
そんな事が気にもならないくらい、桂木はデキるのだ。
実際、すごく助かる。
いちいち教えなくても何でもパッとやれて、1人で10人分は働いている。
絶えず、手が空いて困ってる子に指示を出し、いつのまにか雑用は全部片付く。終わって戻ると同時に後片付けは全て終わっているので、放課後、遅くなる事はない。
朝行くと次の準備はできているといった感じで、今では時間ギリギリに飛び込んでも困る事は無かった。