中庭の中心を重森が練り歩くと言う段取りになっているようで、その両脇で部員が音合わせに余念がない。その部員が10人も居なかった。
これでは賑やかには程遠いな。
思わず吹き出しそうに……なったと思う。部外者なら。
だが、もしここに重森が来たらと、考えるだけで気が重い。
バスケ部が乱入したら……言葉にするだけで足がすくむ。
そこに、偶然、右川が通りがかった。(偶然だと思うけど)
ドラえもん体型の松倉と共に、ポッキーをポリポリしながら向かってくる。
吹奏楽部員は、通りがかる2人に向けて、聞えよがし、一段と大きく音を奏で始めた。
〝葬送行進曲〟
誰が音頭を取っているわけでもないのに、ピタッと呼吸の合う嫌味というのも、さすが。
陰気なメロディーに、松倉は眉をひそめる。
たが右川は楽しそうに、ポッキーをタクトの様に振りながら、誰だか男子の隣、楽器の音にノリノリでリズムを取り始めた。
それに合わせて一緒に踊ろうとした男子を、その隣りの女子が叩き落とす。
ポム♪と一声鳴らして、男子はその場に潰れた。
松倉がのんびり近付いて、
「オーケストラぁ?こんだけぇ?なーんか、地味だねぇー」
「うるせー。向こういけ。くそデブ」
「ディスニーシーのお葬式パレードぉ~?テレビでも見た事無いけどぉ~」
「うるせー。向こういけ。くそブタ」
最初からわかりきった事だが、吹奏楽部にとって票田にならない輩は、虫けら同然だ。
突然、右川が、マイクを握ったかと思うと、
「カネ森く~ん、あたしに、お金をちょうだぁ~い♪一万円♪」
あ、やっぱもっと沢山ちょうだぁ~い♪と、調子外れの素っ頓狂な声に、楽器の音はピタッと止んだ。
「うるせー。潰れてろ。くそチビ」
と、その程度の脅しでは右川には利かないだろう。
「ねー、そう言えば沢村が見えないけど?」
ちょうど跳び出そうとしていた所だったが、寸での所で思い留まる。
「沢村?居ねーよ」
「あいつが手伝うんだって?あたし、聞いてびっくりしちゃったな。あんなのに声掛けるなんて、カネ森くん、お友達に困ってんだね」
3秒。
不穏な静けさが辺りを漂った。
よっぽど我慢できなかったのか、誰かが、プッと楽器を吹く。
見ていると、下を向いたまま、部員はほぼ笑っている。
ほいほい♪と、右川は踊るように挑発を繰り返した。
これは、いつものアレだ。
戦闘態勢チャージ。頭が痛い。もうこれ以上、重森とはやり合って欲しくない。重森が来るまでに消えてくれ。だが、ここで俺が飛び出して何が出来ると言うのだろう。巻き添えをくって大火傷は必至だ。
そうか。
あの占いだ。
〝何もしない〟
そう言う事か。
俺は1歩2歩と、その場を後ずさった。
このままバッくれておこう。俺は無関係です。
「ねー、AKBやってよ。あたし、学祭で聞いてないんだよね。そういやさ、安西先輩も心配してたな。外に応援頼むなんて、人手が足りないなら、手伝った方がいいのかなーって」
その先輩。3年生。
受験で忙しい先輩にまで迷惑を掛ける……。
「他に誰か居ないのぉ?外に応援頼むようなヤツが立候補して、みんなは平気なのぉ?」
葬送行進曲は、もう聞こえてこなかった。(AKBを奏でる者も居ない。)
右川の言う事がもっともだと……きっと、この場の誰もが感じている。
あれから、重森の作戦会議は回が増える度に、決め事は解決していく。
というか、重森が勝手に決めていく。
陣営は、いつも2~3人が入れ替わり立ち替わりの、俺以外は落ち着かないメンバーだった。それも言われて仕方なくと言った様子でやってくる。
その度に、これまでの決まりや進捗状況をいちいち説明しなくてはならない。呼んだわけでもないのに、「しょうがねぇな」と、どの部員もマメに様子を見に来るような、そんな永田陣営の方がよっぽどマシだと思えた。
右川は歌いながら去って行った。それと入れ違いに(幸か不幸か)、重森がスマホをイジりながら入ってくる。
少ないメンツに眉をひそめ、「沢村は?」
「来てねーよ。見りゃ分かるだろ」
「分かってんなら、早く呼んで来いよ」
わずかに反抗的な目線を飛ばして、部員男子が向かってきた。
やれやれ……出て行く。
「「「「「遅っせーよ!」」」」」
その場の全員から、敵のごとく責められた。
相変わらず抜群の攻撃ハーモニーだな。
重森は、「3時半スタートで」と、部員と演目の打ち合わせを始めた。
「あと10人、呼んで来い。そこら辺の奴らに声掛けて見物人も集めろ」
と、俺も含めて周囲に命じる。
そこに、「遅れました。すみません」と、やってきて、どこか恥ずかしそうに俯いたフルートの後輩女子には見覚えがあった。
いえいえ、お恥ずかしいのはこちらの方で。
「私、当番が断れなくて。他のみんなは?」
「御覧の通り」
こんな体たらくです。これはもう苦笑いするしかない。
重森に指図されながらも、部員は集まった。
部員同士の目線は空を行く。苦笑い。溜め息。天を仰ぐ。
部内、抵抗勢力の不協和音も、静かに、穏やかに、流れていくと知った。
自分の居ない間に何が起きていたのか。重森は知る事は無いだろう。
眼の前のヤツらは、もう以前の仲間とはどこか違う。気付いてしまったのだ。
「で、どう?」
重森に、唐突に訊かれた。
「何が?」音楽の事なんて、俺に分かる筈はない。
「ツブだよ」
そっちか。
「あー、意外と元気だったな」
ウソじゃない。この場の誰もがご存じだよ。
「で、クラスでは、どんな感じ。誰を味方につけてんの」
ドラえもん……と、一発ボケたい所だが。
「授業以外は教室に居ない。俺にも分からないよ」
「生徒会のくせに、使えねーな」
そこで部員の2人組がプッと笑った。
俺がアゴで使われているのが愉快でたまらないのか。歪んでるな。
「人選エラー。生徒会は他にも居るのに、こんな役立たず捕まえちゃって」
誰かの嫌味に呼応して、周囲がクスクスと笑った。
怒りが吐き気のように込み上げる。
だったら!
さっき聞いたまんまを正確に!ここでそっくり重森にブチ込んでみろや!
握りしめた拳を振るわせて……そして、俺は1度、目を閉じた。
何もしない、何もしない、何もしない。
クールダウン。意外な所で、あの占いが役に立っている。
仲間に呼び出されて、パラパラとかなりの部員が集まってきた。
先輩を心配させないため、かもしれない。
結果的に、右川のあれは、重森応援団に対する喝ッ!ともなりにけり。
てゆうか、ライバルを焚きつけてどうする。永田さんや松下さんを安心させるためにも、自身がやる気を出そうと言う選択は、右川の頭には無いのか。
見物人は意外に集まってきた。
だから重森がヤケになってパレードを投げ出す!……事は無かった。
このお祭り騒ぎを聞き付けた永田が乱入して、ガチで対決!……にも、ならなかった。
結果。
ツマんない。