2年5組を通りがかった。
現代文の授業中。
ノリは俺に気付いて、驚きと困惑、未だ消化できない怒りをゴチャ混ぜにしたような反応を見せた。
右川がすぐそこに居た。席がちょうど廊下側にあり、教科書に隠れてスマホをイジっているのが、俺から丸見えである。
こっそり近付いた。
「授業を聞けよ。そんなだから、いつも追試になるだろが」
その声に、右川はすぐに反応して、それが一体どこから聞こえたの?と、天を仰いで周囲を探り始める。やがて廊下の俺に気付いて、「あんたもだよ。授業中でしょ」と尖った声を出した。
「コラ。右川。ずっと見えてるぞ。携帯仕舞え」と、さっそく先生から注意を喰らって、「先生、外に殺人鬼が!」と、ムダな抵抗をして見せたが、その頃俺はと言えば、壁の下に中腰でスッと隠れて消えるという忍者も真っ青の離れ技をやってのけ、そのお陰で先生の目を免れた。
「まだそんな事言ってるのか。おまえは遊び過ぎ。テレビの見過ぎ」
怒られてやがる。
思わずプッと吹き出した。いい気味~。
俺はその場に中腰、「おい」と右川に向けて、またこっそり話しかけた。
「分かってんのか。阿木も浅枝も、おまえが会長になって指名しない限り、もう執行部に入れないんだぞ」
あ、いや、浅枝は……入るかも。薄っすら、重森に気に入られているという事もあって。それがチラッと頭をかすめた。
「あんたはさ」
右川は対話の覚悟を決めてか、先生の死角にノートで壁を作る。
「重森が通れば、何もしなくても生徒会に入れるじゃん。立候補する手間が省けてよかったねん」
「重森なんかアテになるか。俺なんか、選挙で使い捨てかもしれないのに」
「そだね。あー愉快愉快。ドブに捨てられちまえ。ケケケ」
ムッときて立ちあがりそうな勢い、それを目ヂカラに込め……偶然、そこを通りがかった体操服姿の1年男子を睨みつけて怯えさせてしまった。
「おまえさ、みんなの苦労を少しは考えろよ」
「考えた。結論、みんな苦労しなくていんじゃね?」
「もぉ、屁理屈言わないの」と、その声は予想外の所から飛んできた。
誰かと思ったら、右川の前の席、桂木である。
俺と目が合ってペコと、されても……見れば、桂木は、堂々と数学の課題を内職中。いみじくも、右川の授業態度を諌める立場に無いという事は分かった。
「会長やりなよ、右川ぁ」
「嫌だっつーの」
「沢村が、これだけ熱心にアプローチしてるんだからさ」
「それが1番嫌だ。ガチでウザい。もう食べたくない」
当然ムッときた。だが、ちょっと考えて、作戦変更。
「重森だけどさ……くそチビはポンコツ。立候補する根性ないって、ゲラゲラ笑ってるぞ」
重森の名を出せば、少しは対抗意識が燃えて、やる気が沸くかと狙った。
だがこれは右川より、前で聞いていた桂木が、「マジで?!」と発火する。
「ゴラぁ!」と、先生からキツイ1発を浴びた。
桂木は先生から真正面で叱られ、凹んで、内職を放棄して、だがその後も対抗意識だけはメラメラと燃やしたまま、
「なにそれ。重森のヤツ、マジでムカつくじゃん」
結果、俺は無意味な輩に火を付けてしまった。狙い通りに、うまくいかない。
「さっすがカネ森く~ん。その通り。あたし根性ないからさ」
右川は、英語の教科書を開く。そこにスマホを乗せてピコピコ。
「だーかーらー、おしまい♪」
その時、ポン♪と俺のスマホにちょうど着信が知らされて……結果、咄嗟に身を隠した俺の代わりに、「右川!携帯しまえ。うるさいぞ!」
チビが喰らった。桂木どころじゃなく、ガチで叱られている。いい気味~♪
四つんばいで廊下を移動していると、その先の窓からノリと目が合った。
片手を上げて合図して見せたのだが、ぷい!とばかりに素っ気ない態度。
ノリが、これ程までに厄介で、面倒くさいとは知らなかった。
あいつの彼女は大変だな。(むっちゃん、と言う。)
もう1度、ノリの様子を窺った。
ぷい。
おまえは……女子かっ!