彼は口元を緩ませて静かに言った。

私はそんな彼の言葉と微かな笑顔に、胸がキュゥッと絞られた。

そして、絞られた胸からは”ときめき”と甘い欲望が溢れ出して、彼を求める想いが言葉を返すよりも先に、私の指先を動かした。

直進を運転する彼の左手は、グッと掴んでいたハンドルを離れて今は軽くギアを握っている。

私は無防備にギアの上に置かれた彼の左手に、そーっと自分の右手を近づけて行った......。

返ってこない言葉。

私に見つめ続けられている横顔。

彼はきっと気がついているはず、私の行動に。

そう予想する私に対して、彼の左手はギアの上に置かれたままで、そこから動こうとはしない。

洋楽のR&Bが車内に心地よく流れる中、無言の私達は指先だけが少しずつ、少しずつ近づいていった。

BGMのリズムよりも、早く強く脈打つ私の鼓動。

彼と私の指先が繋がれるまで、あとほんの数センチ.......。

そして......、


「涼しくなりました?」

最後の一歩を制止するかのように。突然、彼が言葉を発した。

彼に話しかけられた私は一瞬、指先をビクつかせて動きを止めた。

「あっ、はい......っ。やっぱり車の中は、クーラーが効いていて涼しいですね」

私は今の今まで、ひたすらに彼の左手を追いかけていた自分の思考をフル回転させて何とか、まともな返事をかえすことができた。

彼は、やっぱり。

私達の手が触れ合うのを止めたんだろうか?

運転中で危ないから?

それは、そうなのかもしれないけど......。

ーーそんな理由じゃないでしょ。

嫌だったのかな......?

私の勘違いだったのかな......?

”彼も私を好き”って思ったのは......。