壁際にキッチンのついたリビングは適度に温かく、さっきドアが開け放たれた瞬間にも感じたこの柔らかな香り…ラベンダー?…が、部屋中に広がっていた。

雪で濡れ重くなったコートを脱ぎ、ダイニングテーブルの椅子にかけようとすると、玄関から戻った柚希が、慌ててそれを受け取ってくれる。

『急にどうしたの?』

コートをハンガーに掛け、引き戸を外しリビングと繋げて使用している、隣の寝室の壁にかけると、作業をしながら徐に問うてくる。

『別に…』
『あ、ご飯は?何もないけど簡単なもので良かったら…』
『いや、食ってきたからいい』

寝室から戻ってきた柚希に『これ使って』と、手渡されたタオルで濡れた髪を拭く。

長時間、外にいたからか、身体は冷え切って、身体も髪も氷のように冷たく、手もかじかんでうまく拭くことさえできない。

理由もあいまいに、深夜の突然の訪問。

柚希が、訝しがるのも当たり前だ。

正直、ここまで来たはいいが、ここに来た理由をどう話したらいいのか考えていなかった俺は、何かそれらしき理由はないか、考えていた。

”ただ会いたっただけ…”など、恥ずかしくて言えるわけない。