『走り出しますね』

運転手が、ハザードを解除して車を発車させる。

微かにチェーンのカタカタという振動を感じながら、車は雪道を走り出した。

『お寒くないですか?』
『あ、いえ、大丈夫です』
『運転手さん、温度をもう少し高くして差し上げてください』

老女のお願いに、運転手が車内の温度設定を上げてくれる。

実際、身体は冷え切っていたが、外気に比べたら車内は天国のような暖かさだった。

『あの…本当にありがとうございます、着いたらもちろん、代金は自分が全額支払いますので…』
『そんなことは気になさらなくてもいいのですよ』
『いや、きちんと支払わせてください』

いきなり声をかけられ、車に同乗させていただいただけでも充分ありがたいのだから、これ以上甘えるわけには行かない。

ちらりと隣の老女を見ると、透き通るような白髪の髪はキチリと一つ結い、上下は紺色のツーピースに濃灰色のカーディガン、手元には乗車するときに脱いだコートとやけに大きめの鞄を携えている。