相変わらず、客はカウンターに座る女性のみ。

レジに向かう途中にチラリと見たところ、30代前半のモデルのような美しい女性だった。

『マスター、会計を…』
『いや今日はいらないから。あんなマズイ珈琲飲ませて、お代は取れないさ』
『でも…』

マスターは、どちらにしても、今日はクリスマスだから、1杯はサービスなんだと譲らない。

ここはご厚意に甘えてご馳走になり、お礼を言うと、いつものように、先に立って出口に向かって歩くマスターに続く。

店先まで、こうしてお見送りをしてくれるのも、この店のマスターのこだわりの一つなのだ。

『…今日は悪かったね、いろいろ説教じみた話をしてしまった』
『僕の方こそ、生意気なことを言ってしまってすみません…凄く勉強になりました』
『そんな恐縮されるほどのことは言ってないがね…実はね、君を見ていたら昔の自分を思い出して、つい口を挟まずにはいられなかったんだ』
『…昔?』
『あぁ、私も昔、亡くなった妻にプロポーズするときそうだったから…』

何でもないことのようにサラリと言いながら、重厚な扉を開ける。

途端に、目の前の細い路地を雪まじりの冷たい風が吹き抜けた。

『雪、まだ降ってるなぁ、交通機関が動いてると良いんだが…』
『マスター、今の話…』
『ん?』
『いえ、何でもありません』

初めて聞いたマスターの私情に、これ以上踏み込んではいけない気がして、黙って笑顔を返す。

マスターも何も言わず、頭上降りてくる白い雪を見上げながら、いつもの優しい笑みを浮かべていた。