「禅、ありがと……」

そう言って俺の制服をつまんだ歌乃の手は、震えていた。

先ほど電車内で中年の男に触られそうになったところを、気づいた俺が阻止して未遂に終わったんだけど。

「けど、本当に良かったのか? 追いかけなくて」
「いいの。逆恨みされたら困るし」

未遂とはいえ、見ず知らずの男に近づかれて嫌な思いをしたよな。

……つか、俺もマジで嫌なんだけど。

「禅?」

歌乃の手を取り、人気のない路地へ入る。

「俺に触られるのは、嫌?」

握りしめた手に指を絡め、歌乃の顔をのぞき込む。

「うっ、ううん」

慌てて首を横に振る姿に、愛しさが込み上げる。

「上書きしていい?」
「えっ?」

俺は、返事を待たずに歌乃を抱きしめた。

「もう、あんな思いはさせない。俺が護るから」
「禅……」

こんなことがあってから気づくなんて、俺はバカだ。

世界中の誰にも歌乃を渡したくない、って。