「・・ん・・」

目を開けると、白い壁が広がっていた。
見慣れない白さに、目がちかちかする。

目線を少し横にすると、カーテンと消毒のにおいがツンと鼻をかすめる。

ここってまさか・・・

「保健室だよ、大東」

「ひゃ!」

少し下から声がしたと思い目をやると、そこには小野田くんがベットの近くに座っていた。
あぁもう、また小野田くんのせいでびっくりしてしまった。

「大丈夫?だいぶうなされてた」

心配そうに私の顔を覗き込んでくる小野田くんが子犬のようで、ちょっと笑ってしまう。

「なんだよー。せっかく人が心配してるのに」

「ごめんなさい。かわいいなって思って」

今、ほっぺを膨らませて怒ってる姿もかわいいって思ったのは秘密。
小野田くんってかわいいなぁ。面白いし。

「はぁー・・・。でもよかった」

「え?」

どういうことだろう・・・。
・・・あっ!私、倒れたんだった。なんで今の今まで忘れてたんだろう。
それにしても、今もちょっと熱っぽいのかなぁ。ぼーっとする。

「いきなり倒れたからビビった。今日は帰ったほういいよ」

そっか。帰った方がいいのか。
・・でも、哲に迎えきてもらわなきゃだ。今の時間帯って、哲呼んでも大丈夫かな・・・。
あっ!スマホ、スクールバックにいれたままだ!どうしよう・・・。
そんなことを考えてると、小野田くんはなにやらスクールバックをとすんと私の横に置いた。
あれ。このバックについてるクマのストラップ・・・。

「私のだ!小野田くん持ってきてくれたの?」

「あ、これは高野が・・」

高野・・・。紗南だ!紗南ありがとうっ!
このクマのストラップは、私の誕生日に哲がくれた贈り物だ。
一年近くたった今でも外せない大切なものなの。
バックの中からスマホを取り出し、小野田くんに見せる。

「よかったぁ。スマホ忘れてきてたの」

「そっか、よかったじゃん」

「うんっ」

小野田くんの言葉に笑顔で応える。
・・それにしても、紗南どうして直接渡してくれなかったんだろ。忙しかったのかな?
まぁ、いいか。
気を取り直して、指先で画面をタップする。

「あれ?」

見ると、メッセージアプリに未読メールが一件届いている。紗南からだ。
開いてみると、♥マークがいっぱいついた分列。

<愛奈頭痛大丈夫? てか、そんなことより~♥最高じゃん!小野田くん♥めっちゃイケメンで性格もいいって話題なんだよ♥ちゃっかり仲深めてきなね♥幸運を祈る♥>

ハートがたくさんのスタンプまで。
紗南・・・。さすがの私も小野田くん誘ったりはしないよ・・・?
いや、誰も誘わないけど。
そんな紗南からのメールはいったん置いといて、通話アプリを開く。
一番最初に出てきた【哲】の連絡先をタップすると、コール音が鳴り始めた。
ワンコールが鳴った後すぐ、「もしもし」という哲特有の低い、でも甘い声が耳に響いた。

「哲?愛奈だけど、風邪ひいたみたいで。迎えきてくれないかな・・?」

「かしこまりました。五分で参ります」

そういったかと思うとすぐにぷつっと電話を切ってしまった。
こういうところクールだよなぁ。もっと話したいのに。
まぁ、そんなわけにいかないけど。
すると、小野田くんからの視線を感じた。首をかしげてみる。

「哲って・・・彼氏?大学生かなんか?」

私の言葉を聞いていたのか、小野田くんが聞いてきた。
さすがに私がお嬢様ってことは秘密にしなければいけなかったので、なんとかごまかそうと考える。
うぅん、私嘘下手なんだよね。いつもは哲がごまかしてくれてたからなぁ・・。

「あはは・・・まぁ、そんなとこ・・?」

苦笑いでごまかしていると、がららっと保健室の戸が開く音がした。
黒髪に黒スーツ。哲だ!やったあ・・救われた!
そう思ったのもつかの間。

「愛奈様。帰りますよ・・・おや、愛奈様この方は?」

てつううううううう!!
そう叫んでしまいたい気持ちでいっぱいだった。
いつものように涼しい顔で入ってくる哲だけど、私の顔はまっかになってて。
うそでしょ!!五分ってこんな短かったっけか・・・??
てか、「様」とかつけちゃったらバレルでしょぉぉぉぉ!!

「あ・・・。個性的な彼氏・・だね」

小野田くんも若干引いてる。

「彼氏・・・?愛奈様・・・?」

怪訝そうに私を冷たい目で見た哲。

あーもう!ごめんなさいごめんなさい!!
そう思いながら哲をベットの近くに引っ張り込む。

「同じクラスの小野田くん!ベットまで連れてきてくれたのっ。それでちゃんとごまかせなくって、彼氏のフリしてほしいんだけど・・お願いっ」

哲の耳に顔を近づけ、ひそひそと言うと哲は案の定、いやそうな顔をした。

「はぁ・・・。ごまかすならもっといい言い訳考えてくださいよ・・。」

「ほんっとーにごめんなさいっ!だから愛奈様とか、絶対言わないでっ!」

そう言って両手の前で合わせると、哲はこくんと小さくうなずいた。
やっぱりまだ、いやそうな顔してるけど。
もうこうなったら、さっさとかえっちゃ帰っちゃわないと!感づかれる前に!

「ごっ、ごめんね小野田くんっ。私、帰るから!じゃあ・・」

「待って」

はぁぁいいいい!!?
小野田くんーーーーっ!!
黙って帰らせておくれよぉぉ・・。
もとはといえばわたしのせいだけどね・・?

「なっ、何??」

ひきつった顔で言うけど、小野田くんは引き下がってはくれなくて。
心なしか、哲をにらんでる気もするし・・・。

「その人、本当に彼氏?」

やばい。ばれてしまう。
これは何としてでも避けたい!!

「そ・・」

ごまかそうとすると、私の前に哲の背中があって。
かばってくれようとしてるらしい。

「そうだけど。なにか文句でも?」

いきなり私と小野田くんの中に入ってきた哲の雰囲気と口調は、すでに『執事』とは打って変わって『彼氏』そのものだった。
いきなり恥ずかしくなってきて、顔が熱くなるのを悟られないようにうつむく。
私、何してるんだろ。哲は、ただの私の執事なのに。

「様とか言ってるし、他人行儀っぽい」

おっとりした見かけによらず、鋭い・・。

「勝手に決めつけんな。愛奈は俺のもの。お前には渡さないから」

「え・・・」

その驚きの声を発したのは小野田くんじゃなく、私で。
俺様・・というか、こういう少し乱暴な言い方に驚いて。
ちょっとかっこいいかも・・なんて思って耳まで熱くなった。
しかも「俺のもの」なんて、まるで私と哲が本当の恋人、みたいな・・・。
えっ、いやいや!ないから!恋人なんて・・・。あるわけない。

「行くよ、愛奈。こいつに付き合ってられない」

哲に言われて慌ててベットから出ると、すぐに手を握られた。
哲の手、ごつごつしてて大きくて・・・熱い。
見上げると、耳が赤くなっている。哲が恥ずかしいとなる癖だ。
哲も、ドキドキしてるんだ・・。そう思うと、少しほっとした。

「ちょ・・待って。そんなに本気なら、今俺の前でキスして」

「えっ・・・何言ってんの・・・!!」

キスなんて・・・!彼氏でもないのにそんな・・・・!
そんなに、哲が信じられないのかな・・・。小野田くん怒ってる?
哲を見ると、同じく彼も私のことを見ていて。
珍しく、目を泳がせている哲。動揺してる。当たり前だよね・・。
哲は、頭をくしゃくしゃかきむしったかと思うと、私の目をしっかりと見つめてきた。
艶っぽい瞳に、目が離せなくなる。

「やればいいんだろ・・」

「え、ちょっ・・・。哲・・・?」

ゆっくり私に近づいてきて、肩を掴んだ哲。
哲の視線に未だ目が離せなくて、顔がだんだんと近づいてくるのを拒めなくて。
気づくと、哲の顔は私の目の前にあった。

「大丈夫です」

そう耳元でささやかれたと思うと、顎を彼の手であげられた。哲の顔が傾いて、唇との距離がだんだんとなくなっていく。。
あと三センチ。二センチ、一センチ・・・
反射的に目をぎゅっとつぶると、哲の吐息が聞こえた。
それと同時に顔は離れ、哲のぬくもりがなくなった。
あれ・・・?しなかった。
ほっとしたような、ちょっと残念なような・・って、私何考えてるんだろう。
小野田くんをちらっと見てみると、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
次に哲を見ると、最初に戻ったように飄々と涼しい顔をしている。。
まさか、角度的にキスしてるように見せた!?

「ほんとにしたし・・・」

顔を真っ赤にして言う小野田くん。
本当にキスしたって勘違いしてる・・・。

「そういうことだから。行くぞ」

「おっ、小野田くんっ・・・。また明日!」

「お、おう。・・また、明日」

まだ赤い顔の小野田くんを横目で見ながら哲に引っ張られて保健室を出ると、すぐに手は離れてしまった。
やっぱり、寂しい・・・。

「はぁ・・・・」

「哲っ。色々・・ありがとうね。大丈夫?」

壁にもたれかかって頭を抱える哲の顔を覗き込みながら言うと、また盛大な溜息を洩らした。