家に帰ると、玄関口ではメイドさんや執事さん、専属コックの方々が私の帰りを待っていた。

「「「お帰りなさいませ、愛奈お嬢様!!」」」

にこにこ微笑みながら一斉に挨拶する一同。普通なら戸惑うこの場面も、私にはもう慣れっこ中の慣れっこ。

「ただいま」

「綺麗な花を摘んでまいりました。お部屋に飾らせていただきますね」

「お嬢様、今日のお風呂はバラの香り入浴剤を入れましたよ」

「今日のお夕飯は、お嬢様の好きなボロネーゼでございますよ」

「ありがとう、みんな」

いつものように笑顔で応えて、部屋へと続く階段を上り始める。
でも、こんな状態、普通はありえないんだよね。物心つく前からこんな対応だったから、始めて普通の学校行ったときは驚いたな。お付きのものが一人もいない状態だったから。
微笑しながら階段を上り終わると、すぐに私の部屋が見える。
傍にいた哲がドアを開けてくれて、中に足を踏み入れる。

「七時からお夕食です。その前に入浴・宿題を済ませてください。何かあったらいつでも駆け付けます。宿題が分からない時はメイドを呼んでください。良いですか?」

これからの予定を早口でまくしたてられ、混乱しながらもこくこくとうなずく。
哲に文句は、禁物だしね。

「失礼しました」

そう言うと哲は部屋のドアをパタンと閉め、行ってしまった。

「ふぅ~。・・やっとおわった・・」

ベットにぽふんと倒れこみ、ため息をつく。
人に囲まれるのはあまり好きじゃないから、今日は意外と早く終わってよかった。
さっさとお風呂入って、今日の疲れを癒さないと・・・。
今日の入浴剤は、高級メーカーのバラの香り入浴剤だったっけ。楽しみだなぁ♡

「よぉし、お風呂は~いろっ♪ふんふふ~ん♪」

クルクル回りながら部屋のドアを開け、お風呂へと駆け出した。
その前に、リビングへと顔を出す。

「哲っ!お風呂、入ってくるねぇ!」

リビングでは、哲は部屋の真ん中にある大きな丸めのテーブルを拭いていて、数名のメイドさんが掃除と、花瓶に花を飾っていた。

「はい。長湯しないようにお気を付けて」

「あっ!愛奈お嬢様、お着替え用意しておきますね!」

思い出したようにそう言い、私専用の洋服ルームへパタパタ走り出したメイドさんは、一か月前に来た新入りの
真梨さん。まだ年齢は二十代前半で初々しさが残ってるけど、いい人だ。

「うん、お願い」

そして真梨さんがいなくなったのを見届けて、再びお風呂へ歩き出す。
お風呂前につくと、かごの中に洋服を脱ぎ捨てていく。
今日のお洋服は、花柄のワンピースにブラウン色のカーディガン。華やかで可愛いので、結構気に入ってるんだ。
裸になった体にタオルを巻いて、入浴室へ入る。
もあっとした空気で、なんだかたまらなくお風呂に入りたい衝動に駆られる。
勢い良くお湯の中に入り、肩まで浸かる。一日の疲れがまるごと癒されたような・・・そんな気がする。

「はぁ、きもちいぃ~・・・あ!ホントにバラの香りがする・・」

バラの香りを楽しんで数十分お風呂に浸かった後、髪と身体を洗い、洗顔をしてお風呂を出た。
真梨さんが用意してくれていた部屋着に着替え、リビングへ戻る。
部屋着は、Tシャツにピンク色のパーカーを羽織り、ショートパンツをはいている。
ラフで締め付けられないので、お風呂上りにはこれ!って決めてるんだ。
でも、廊下を歩いているとすれ違う男の執事たちは頬を染めて私を見る。
ちょっと、それが少し怖くなっちゃう時もあって。
急いでリビングに走り中を覗き込むと、哲が二人の男女にお茶を入れている最中だった。

「パパ、ママ」

いつも八時ほどに帰ってくるから、今日はかなり早め。
小さめに声をかけたつもりだけど、二人はぐんっとこちらを振り向いて、にこっと微笑んだ。

「あらぁ、愛奈。お風呂上り?もぉ、上気した肌が色っぽくて可愛いわぁ。さすが私の娘ね♡」

「はは。でも、本当に愛奈はかわいいよなぁ。ママの娘なだけあるね」

変なことをにこにこしながら話すパパとママは、かなり親バカで変わりものだと思う。
パパは一応『大東グループ』の社長様なのに、家に帰ってくるたび私にデレデレ。ママはパパの秘書で、暇になってはわざわざ家に来て私を愛でるほど。ママは二十年前、ホステスで、ナンバーワン美女として働いていたからか色気がとんでもなく、美人奥様兼秘書だということで有名だ。
さらに困るのが、一日に一回は必ず「可愛い」と言われること。何がそんなにいいんだろ。全然美人なんかじゃないと思うけど。逆に、なんでイケメンなパパと美人なママに似なかったのかって、自分が嫌になるくらいなのに。

「変なこと言わないで。それに可愛くないから」

ちょっと反抗的に言ってみるけど、パパたちの♡になっている目は治らなくて。
しびれを切らして哲のもとへ駆け寄る。

「ね、パパたちにも言ってよ~。変なこと考えるなって」

腰に手を当てて哲を見るものの、うつむいていて表情が読めない。
百八十センチ以上ある哲の背に少しでも追いつこうと、百五十センチしかない私は背伸びをかおをみようとするけど、なかなか見えない。必然的に上目遣いになってしまうのも、不本意だが仕方ない!

「はぁ・・。無防備すぎる・・」

「へ?なんか言った?」

「いえ・・それより、離れてください」

片手で顔を覆いながら私を引き離した哲。
なんて言ったんだろ?よく聞こえなかった・・。
それより・・!!

「哲、ほっぺ真っ赤だよ!?熱、あるのかもっ!どうしよう・・!」

片手で顔を覆いながらも、真っ赤な顔は垣間見えていた。さっきからぼーっとしてたし、私が近づいたら「離れろ」って言ってたし・・・。

「いや、ちがいますってば・・」

「ううん!絶対熱あるよ~・・・ね、パパ、ママどうしようっ!」

パパとママに目を向け、助けを求めるものの二人はニヤニヤして動こうとしない。
何で笑ってるの!哲、苦しそうだよ~っ。

「ふふっ。愛奈大丈夫よ。哲くん熱なんかないわよ?」

口元に手を添えて微笑むママだけど、私は全く意味が分からない。
熱でしょう!?これはどうみても。

「何言ってるの!こんな顔真っ赤なのに、熱じゃないなんて・・」

「愛奈様、本当に熱なんかじゃないんですっ」

私の声を遮って、珍しく慌てたように哲は言った。
え?でも、顔がまだ赤いのに・・。

「そうだよ、愛奈。哲くんは、愛奈があまりにも無防備で可愛いから恥ずかしくなったんだ。な、哲くん?」

「だ、旦那様っ・・」

・・へ?本当に?
私が、無防備で・・・かっ、可愛いいい??
いや、そんなこと・・!確かに、ラフすぎる格好だとは思うけど。でもそんなことないと思うよ!?

「あるわよ。だって愛奈は本当に可愛いもの。自覚してないでしょうけどね」

私の心を読んでいたかのように満足げに言い放ったママは足を組んでふぅ、と吐息をもらした。
その姿さえ色っぽくて、とてもママとは思えない。

「そうかなぁ~・・。まぁ、いいけどさ。私部屋戻るからっ!ごはんのとき呼んでね!」

「あ~ちょっとぉ愛奈~・・。なでなでしたかったのにぃ」

「僕もだよ・・」

また変なことを言っているパパたちを無視して部屋に入る。

「はぁ~・・・・」

ドアの壁にもたれかかってため息をつく。
ビックリした・・。
哲が、あんな顔真っ赤にして恥ずかしがるなんてなかったから。
それに・・・。
私の顔も今、真っ赤だ。
なんでだろう。・・哲が、私のことを「可愛い」と思っている。
そう考えたら恥ずかしくなって、照れてしまった。
他の人なら、何とも思わないのに。

胸の奥がうずうずして、鼓動が早くなる。
苦しくて、なぜか切ない。
何なんだろう、この気持ちーーー。
感じたことのない変な気持ちに、私はしばらく混乱していた。