でも、周囲には他に通行人なんていない。

「…私、ですか?」

その声は震えていた。

その人の目付きは、人を殺めていてもおかしくないもののように見えたから。

このまま話してたら危ない。
急いで立ち去らなきゃ。

じりじりと後退りをする。

「どこに行かれるんですか。
車に乗ってください」

やばい。

本当に怖いときに声が出なくなるというのは本当らしい。
喉に蓋がついたように空気が通らない。

せめて逃げなきゃ。

なのに、簡単に身体を抱えられ、車の後部座席へ押し込められた。

「っ…、たすけてっ」

そこでようやく声を発することができた。
でも時は既に遅し。

手と足を縛られ動きを封じられると、車は静かに進みだした。