『あの人が病院に
来たんだよ』

『あの人って?』

予測はついていたけど
気付かないフリをした

『千穂の昔の男。前に
病院で色々あったろ?』

『馨さんの事だね。
何しに病院に?』

平常心を装う

本当は取り乱して
しまいそうなほどに
心臓がドキドキしていた

次に大介の口から出る
言葉を聞くのが怖かった

『あの人はもう長くないかもしれない。
癌が転移してる。
若いから、進行も
早くなってる』

私は持っていたグラスを落とした

キッチンの足元に
破片が散らばった

『大丈夫か、千穂』

大介の言葉も
耳には入らない

私はガラスの破片も
片付ける事さえも
出来ないまま、
立ち尽くしていた