目の前に立った賢を見上げる。

賢の雰囲気がキッチンを支配しようとしている。


「兄貴の婚約者だと紹介された心菜を見て心配になった。」

「何で?」

「こんなに若いし、大人しそうな雰囲気を漂わせてるし、社会の荒波にも飲み込まれそうな気がしたから。」


賢の言葉は間違ってないかもしれない。


「兄貴は心菜が思っている以上にモテる。恋愛した事のない心菜が兄貴とやっていける?」

「…………。」

「大企業の副社長である兄貴の嫁になれる?」

「…………。」

「想像以上に大変な世界だと思うよ、俺は。」


賢の言葉は現実的だ。

ミサキ商事に入社して知った。

副社長の偉大さ、憧れの存在、そして遠い存在である事も。

新入社員の私と釣り合っていない事も。

この3週間で理解したつもりだ。

でも賢は更に私を追い詰める。


「兄貴って昔っから女癖が良くない。上に立つストレスからだろうけど。」

「今は違うでしょ。」

「でも心菜より好きな女が現れる可能性だってある。」

「…………。」

「兄貴に寄ってくる女は山のようにいるから。」


唇を噛み締めた。

意地悪を言う賢を嫌いになりそうだ。

でも賢の言っている事は間違ってないかもしれない。


「心菜、本当の幸せは兄貴との結婚じゃないかもしれないよ。」


私の胸に賢の言葉が突き刺さった。