「『やめて!』って叫んだら、あいつは笑った。その笑い方がいやらしくて、今までのいい人イメージが飛んでいった。気持ち悪くて……本当に嫌で……でも誰にも言えなかった」
「お姉さんにも?」
私が聞くと
杏珠はコクリと小さくうなずいて
冷めたココアを口にする。
「お姉ちゃんは私を連れて行こうとしてくれた。でも私はお母さんを選んだ。きっと私は嫌な話は信じたくない弱い子だから……だから、お姉ちゃんに言って『だから言ったでしょう!』って怒られるのも嫌だった。それに……きっと私が大きな声を出したから、もう二度とないと信じてた……けど」
けど
それはまだ続いた。
お母さんがいても
杏珠の部屋に入って身体を触ったり
酔ったふりして抱きついて押し倒したり
キスされそうになって
怖くて顔を引っかいたら
杏珠はお腹を殴られた。
限界がきて
お母さんに言うと
お母さんはすでに相手の男に丸め込まれていた。
『杏珠は反抗期。男親がしつけないとダメだろう』
夜
そんなふたりの会話を聞いて
お母さんには頼れないと知って
お姉さんに泣きながら言うと
「お姉ちゃんがめちゃくちゃ怒ってくれて、あいつをぶん殴った。気持ちよかった。でもお母さんは怒って余計にお姉ちゃんよりあいつを信じるようになったの。あいつは口が上手くて……しっかり気持ちをお母さんに伝えられない自分が悲しかったよ」
タメ息混じりの杏珠の告白に、部屋の隅にいるうちのお母さんの怒りがジワジワと伝わってくる。
お母さん怒ってる。
杏珠がかわいそうで、杏珠のお母さんと男に怒ってる。
うちのお母さんは怒ると我を忘れるので
やっぱり私の部屋で聞いた方がよかったのかな
でもこんな話
私だけで受け止めるのは無理だから
やっぱりお母さんと一緒に聞けてよかったと思う。



