悪いと思いながら立ち聞きしていたことは、決して褒められたことじゃないけど。

良い機会だと思ったのは、ただの直感。

「……美鈴君とお友達だったの?」

教室から聞こえてくる彼女達の話に、美鈴がいつもの無表情を崩したから。

ーーあ、やっぱりって、思った。


夕方なのに。屋上の風に靡く髪を押さえる彼女が眩しくて、目を細めた。

「……相良君?」

「ん?」

「な、何もない」

(何それ、可愛すぎか……)

凄く近い距離にどきどきする。

あー、キスしたい。
だって、思春期の男の子ですから。

好きな子と二人きりで、身動ぎしたら当たりそうな距離感って。もどかしい。

ーー付き合ってもないのに、出来ないけどね。

どうせヘタレですよ、と心の中で不貞腐れる。

美鈴にも散々言われた言葉だ。

あぁ、彼女が俺を好きになってくれたらいいのに。

「……由李ちゃんは、好きな人いないの?」

「へ!?」

「あ、その反応はいるね」

聞いといて、答えが怖いだなんて。

平気なふりして笑ってみたけれど、心の中はばくばくと激しく音を立てて暴れ回る。

知りたい。知りたくない。

答えないで。

そう思う俺は、きっと誰より弱い。

「……うん」

(……俺、馬鹿なの。何、自分で聞いて落ち込んでんだよ)

恥じらうように俯いた彼女を今すぐ抱き締めて、俺だけのものにしたい。誰にも渡したくない。

てか、俺じゃダメなの?悪いとこ全部直すよ。勉強もするしさ。

(はぁ。何なのそいつ……羨ましすぎでしょ)

きっと、彼女に釣り合うようなイケメンで、頭も良くて。

彼女が好きになる人だから、きっと優しい奴なんだろうけどさ。

「羨ましいな、そいつ」

全力で排除したい。

そんな不穏な思いを知ってか知らずか、彼女はきょろきょろと視線を漂わせた後で、「相良君」と呼ぶ。

素早く考えを振り払って、彼女の視線に合わせるように首を傾げた。

「何?」

「さ、相良君は、好きな女の子……いるの?」

消え入りそうな小さい声が、真っ直ぐに俺の胸を貫いた。