「そんな顔しないで、ちゃんと話すよ。由李が良ければ、だけど」

「うん、聞くよ」

真剣に頷くと、彼女はくすっと可愛らしく微笑んで、少し恥ずかしそうに話し出した。

「美鈴はね、私のヒーローなの」

舌をぺろっと出して照れたように笑う。

時折、弱味をさらけ出すのを躊躇するように、とつとつと話し続ける。

「ヒーロー?」

「……ピンチの時に、助けてくれる」

「宮ちゃんみたいだね」

「……もう、由李は可愛いんだから」

彼女にも、想いを寄せる存在がいたんだ。

今まで恋の話なんて聞いたことがなかったために、やっぱり少しうきうきしてしまう。

「それで……回りくどいのは苦手だから言うけど、その、昔はね、好き、だったの」

「やっぱり!」

消え入りそうな語尾。彼女は頬を染めて、恥じらうように俯いた。

その姿は完全に、恋をする女の子だ。

ーーだけど、どうして暗い表情をするの?

「でもね、向こうは……私が嫌いなんだよ」

「……え?」

「私ね、告白したことがあるの。付き合って欲しいって。そしたら……」

彼女はそこで、言葉を切った。

唇をきゅっと引き締めて、何かを堪えるように目を伏せる。

誰かに告白したことがあるなんて、知らなかった。

強気な彼女が、追いかける恋をしたなんて想像しがたいけれど。

言葉に詰まる彼女の手をそっと握ると、きゅっと握り返してくれる。

大きな猫目が、少し赤くなって揺れる。

へらりと痛みを誤魔化すような笑みは、何だかとても切なかった。

「そしたら、「無理」だって」

「……そんな雰囲気には、見えなかったよ?」

「ずっと昔の話だもん。全力で「冗談だよ」って誤魔化して、元通り振る舞おうとしたんだ。まぁ、駄目だったけどね!」

作られた笑顔が、痛々しくて。

水に溺れるような息苦しさを感じて、胸を押さえた。

「どんどん空回っちゃって。今じゃ喧嘩腰だもん。避けられないだけ、ましだよね」

彼女の瞳が潤んでいるのは、気のせいじゃない。

「宮ちゃん……」

嗚咽を耐えながら、彼女は今まで一人で抱えてきた想いを吐き出していく。

「全部無かったことに出来たらって、何回も後悔した。でも、きっとあのままでも辛かった」

彼女の姿が、全てを物語っていた。

「それは、今も?」

彼女は顔を上げた。

「いやぁ、今もなんて、そんな……流石に、ねぇ?」

彼女は、もがくようにぐっと胸元を握り締めて、無理やり口角を上げた。だけど。

ぽろっと涙が零れた。

「いや、いやいや。違うよ?これは、違う」

流れた涙に戸惑う彼女の姿に、堪らなくなって私は思わず立ち上がり、彼女の頭をそっと抱きしめた。

「やだ、なんで涙が……あは、なんか、ごめんね」

彼女は堪えるように嗚咽を噛み殺しながら、ぶんぶんと首を振った。

いつも強気な彼女が見せた痛々しい弱さを、私は決して忘れない。

いつも守ってくれる彼女のことを、私だって助けてあげたい。

「ありがとう、由李……でも、本当に大丈夫だよ?」

泣き濡れた瞳は、赤くなって。
言葉通りに受け入れることは出来ないまま、そっとハンカチを差し出した。

「これから、どうするの?」

「んー、別に何も。もう、嫌われてるもん」

「……本当に、嫌いなのかな」

「え?」

「私には、そうは思えないよ。本当に嫌いなら話さないし、助けに来てくれたりしないはずでしょ?」

「慰めてくれてありがとう、由李」

「違うよ!そうじゃなくて、」

「ーーやめて。もういいの」

「っ、」

「ありがとう、由李。でも……本当にもういいの。向こうには、彼女がいるの」

ーー私、馬鹿だ。

憶測でものを言った自覚はあった。それが、さらに彼女を傷付けた。

「あいつの彼女ってさ、もう面白いくらい、私と正反対の綺麗な人ばかりなの。そりゃあ、私は無理でしょうねって感じ」

ーー笑えるでしょ?

そう言った彼女が、痛みを誤魔化すように微笑む。

また、この笑顔……

(全然、笑えてないよ。宮ちゃん……)