「おい、次体育だろう。早く行かなくていいの」

前髪を搔き上げて、にっと意地悪く笑った彼の様子はいつもと同じ。

なら、俺も普通に過ごしていようと決めて、いつも通り、本鈴と共に彼を追い立てて教室を出た。

着替えを手早く済ませてテニスコートの前を通ると、既に彼女はいた。

いつも一緒にいる友達と、楽しそうに笑っていて。

その笑顔がこっちを向かないかな、と期待しながらゆっくりと歩く。

まぁ、そんなに都合良く俺に気付くはずないか。

あの日の朝、俺が勝手に一目惚れしただけ。

助けた、なんて恩着せがましいことは思わないけれど、あんなに可愛い彼女のことだ。

あの一瞬すれ違っただけの俺のことは、数あるうちの一人くらいなものだろう。

いや、そもそも数にも入らないかもしれない。

「どうしよう、落ち込んできた」

「何でだよ」

ゆっくりと歩いているのに、どうしてこんなに早く感じるんだろう。

もっと見たい。もっと近付きたい。

彼女のほうをじっと見つめるけれど、彼女は友達との会話が弾んでいるようだ。

笑っていたかと思えば、慌てたような表情になる。

考えるような仕草をして、今度は困ったような顔をする。

くるくると変化する彼女の感情に触れたい。関わりたい。

だけどーー

「目、合った?」

「……合わなかった」

「ふっ、だせぇ」

そんなに上手く、事が進むはずはなく。

「うっせーよ」

特進科の女の子を、普通科の男がずっと見つめ続けるわけにもいかず。

渋々諦めて、テニスコートを後にした。