会社ではずっと『小野山』を名乗っているけれど、五年前に結婚して『岡崎』となっている事実を知る人間は、あまり多くはない。

理由はひとつ。私の夫である岡崎静也は、結婚直後から仕事の都合で外国へ行っており、私たちは超遠距離夫婦なのだ。

家に帰っても特に待ってる人もいない私は、面倒な用事を頼まれても二つ返事で引き受けてしまう。

そのため、私がまだ独身だと思っている人も社内には少なくない。

一応、結婚指輪ははめているんだけどなあ。

まだ静也がマメなタイプであればもう少し既婚者だということがわかるのかも知れないけれど、悲しいかな静也はそういうタイプではない。

学生時代からの付き合いだけど、告白したのも私、デートの約束だって、連絡するのも私から。

結婚だって、静也のロンドン行きが決まったときに、『静也は私と結婚する気はあるの? ないの?』と私が詰め寄らなかったら、今も結婚していないかも知れない。

むしろ、結婚していなかったほうが、静也は研究に集中できてよかったのかな。

ほとんど連絡をくれない彼を見ていると、そんなマイナスな思考回路に走ってしまう。

ダメだなあ。結衣ちゃんにはいつも前向きにね、なんて明るいことしか言っていないのに、自分のこととなるとマイナス思考になってしまう。

「それもこれも、連絡くれない静也のせいだ」

周りに聞こえない程度に文句を言って、私は返しどころのない離婚届をカバンの中に押し込んだ。






一週間の仕事を終えて、まっすぐ家に帰る。

今日は自分を甘やかそうと、駅前のデパートでお惣菜を買ってきた。

普段はあまり手の出すことのできない価格帯のお惣菜を夕食に、のんびり過ごそうと考えていたからだ。

「うーん。やっぱり他人の作ってくれた料理は美味しい」

名前も知らない葉っぱが入ったサラダや、カラッと美味しそうに揚がったコロッケを次々に口に放り込んでいく。

明日の休みには、何をしよう。

天気予報は晴れだから、久々にお布団を干して掃除機もしっかりかけよう。

シーツも洗濯しておきたいな。

計画通りに事が進むことはあまりないけれど、計画を立てることは大好きな私は、明日の予定を頭の中で組み立てていく。

隣に静也がいれば、家事だけじゃなくてデートの計画も立てられたりするのだろうけれど、残念ながら静也が帰国してきそうな気配はまったくない。