物心ついたときから母親とふたりで暮らしてきた私は、あまり男の人に免疫がない。

高校からは女子高に通い、そのままそこの女子大に入ったこともあって、男の人と話すのはあまり得意じゃない。

だから、恋愛にも今は興味がない。男の人との出会いもあまり求めていない。

……というのは、女の子特有の恋バナになったときの、私の定型文。

「もうすぐ夏だしさ、出会いがほしくなったらいつでも言ってね。協力するから!」

明るく声を上げるきょんちゃんと小春ちゃんに、私は曖昧な笑みを浮かべるのだった。






同期とのランチを終えて、私は職場へと戻る。

私の所属する製造部は、本社に隣接してある工場に部屋がある。

日々の売り上げから翌日の製造ラインをどうするか決めたり、生産に関する材料の仕入れなどを主に担当している。

席についてしばらく仕事をしていると、「お疲れ様です」と、心地いい低音ボイスが耳に入ってきた。

途端にフロアの女性社員たちの顔が紅潮していく。

我先にと彼の持ってくる仕事を受け取ろうと立ち上がる女性社員を尻目に、私は黙々とパソコンのキーボードを打っていた。

顔を上げなくてもわかる。あの声とまわりのざわめきっぷり。彼は、ふたりいる同期の男性社員のひとり、松嶋蒼大(まつしま そうた)くんだ。

触り心地のよさそうな、ツヤツヤとした黒髪。シュッとした顔の中には、キラキラした切れ長の瞳、スッとした鼻筋にふっくらとした唇がすべてバランスよく入っている。

それに加えて、スーツを着こなすすらっとした体格とあっては、社内の注目は注がれるのは必至。

約三か月前、入社した私たちが新入社員研修として各部署を回っていたときから、松嶋くんは注目の的になっていて、今では陰で『王子』なんてささやかれている。

でもそんな周りの声もどこ吹く風。意外とマイペースな松嶋くんは、ハートの目をした女性社員たちにも動じず、淡々と持ってきた注文票を渡していた。

「じゃあ、よろしくお願いします」

そういって爽やかに笑うことも忘れずに。

その一挙一動をながめながら、私はなんとなく、夕陽を思い出す。

キラキラと水面に浮かぶオレンジ色の太陽。

松嶋くんは、そんな太陽のようだ。

ギラギラとした真昼の暑い太陽じゃなくて、沈んでいく柔らかなぬくもりを持った夕方の太陽。

いつも同期五人の中心にいて、私たちのことをまとめてくれる。