いつものように電車に乗って、家路に着いた。

買い物をしようと思っていたけれど、何を買えばわからなくなっていたから諦めた。

家に帰ってヘナヘナと座り込む。

そこでようやく、会社で起こったことを思いだした。

「お母さん、どうしよう。松嶋くん、やっぱり婚約者がいたよ。きっと、本人が知らないところでいたんだね、自分ではわかってなかったみたいだったから」

母に語り掛けていく途中で、声が詰まる。

「やっぱり私、人を好きになったらいけなかったんだ。もうちょっと早く、松嶋くんから離れておけばよかったのに」

当然ながら、母からの返事は何も聞こえない。

松嶋くんにとって一番いい方法は何なんだろう。

ひとりでずっと考えるけれど、やっぱり私にはひとつしか見つからなかった。

ごめんね、松嶋くん。

私には、あなたと直接話をする勇気が出なかったよ。

ひとしきり泣いた後、私は立ち上がり、引き出しから便箋とペンを取り出した。

大きく深呼吸をして、ペンを手に取る。

何が正しいのか、私にもわからない。

でも、今はこれが正しいと、思うことしかできないの。

私のその作業は、深夜まで続いた。






翌朝、まだ少し腫れぼったい目をこすりながら出社する。

出社すると、昨日よりも噂は大きなことになっていた。

「王子の婚約者が昨日、訪ねてきたらしいじゃない」

「すごい美人だったって聞いたよ」

「やっぱり御曹司は、私たちの手の届かない高嶺の花だったかあ」

松嶋くん不在でも、噂はどんどんと広がっていく。

私は一切その話には加わらず、人事課の扉を開けた。

「おはようございます。小野山課長、よろしいでしょうか」

朝一番、出社してすぐに、瑞穂ちゃんの机へと足を運んだ。

私の顔を見た瑞穂ちゃんは、一瞬目を見開いたけれど、すぐに上司の顔に戻る。

「場所変えたほうがいいかしら?」

「はい。お願いします」

私がそう言うと、椅子から立ち上がった瑞穂ちゃんは、私を会議室へと誘った。

椅子へ座ると同時に、私は二通の封筒を机に置いた。

「退職願いって……、結衣ちゃん」

「瑞穂ちゃん、ごめんなさい。やっぱり私、松嶋くんとちゃんと話す勇気が出なかったよ」