「あのさ、結衣。俺の父親のことなんだけど」

「あ。小春ちゃんから聞いた。松嶋グループの社長さんなんだって?」

努めて明るく。松嶋くんが気にしないように声を出す。

「隠してたわけじゃないんだ。結衣に言うほどのことじゃないと思ってたから」

「うん。わかってるよ」

「でも、高原に言われたんだ。『みんなの噂の元になりそうなくらいの大企業の御曹司なら、話しておくべきだった』って」

見た目とは裏腹に、結構物事をきっぱりという小春ちゃんに、それなりに絞られたんだろう。

シュン、となっている松嶋くんのテーブルに置かれている両手に、私は自分の両手を合わせた。

「私は何も気にしてないよ。普通に考えたら、松嶋くんが思うように自分の両親のことなんてそんなに話すことなんてないんだもん」

「結衣……」

「でも、聞いてからちょっと心配にはなったかな」

「な、何が? 何が心配?」

松嶋くんの両手に力が入り、ギュッと手を握られる。

不安そうに顔をしかめて私を見つめる松嶋くんに、冗談めかして笑いかける。

「そんな大きな会社の跡継ぎとかなら、松嶋くん、東京に許嫁とかいたりして、とか……」

ガタン。大きな音がして、目の前の松嶋くんが立ち上がった。

目を丸くする私のすぐ横に来ると、私の首に両手を回し、包み込むように抱きしめられる。

「許嫁とか、そんなのいない。一体いつの時代のことを言ってんだよ」

「ま、松嶋くん……?」

「つか、そんなのいても一蹴するけどな。俺には結衣がいるんだし。それに、うちの親だって恋愛結婚なんだ。そんな政略結婚みたいなこと、自分の子どもにさせるとか考えるような親じゃないよ」

その言葉を聞いて、肩の力が抜ける。

そっか。松嶋くんのご両親は恋愛結婚なんだ。

だったら、私が一番心配していた松嶋くんのお父さんが私の父であることはないはず。

「結衣」

名前を呼ばれて俯いていた顔を上げると、松嶋くんと唇が重なった。

チュ、と軽くリップ音を立てて、離れる唇。

座ったままの私の前に跪く松嶋くんの姿は、まるで童話に出てくる王子様のように凛々しい。

跪いたままの状態で、松嶋くんは、私の左手を優しくなでる。

そして、薬指だけを手に取り、そこに優しくキスをした。

「明日から、出張でアメリカに行ってくる。帰りは来週の木曜日だから」