出掛ける前にメールをもらったときはどうしたんだろうって思ったけれど、そういうことなら納得がいく。

「そ。だから、ここ出たら軽く飯食べて、会場行こうな」

そうやって私の頭を軽く撫でる。

付き合い始めて六年たつけれど、その行動にまだ慣れない私が少し頬を染めていると、小さな声で「可愛いなあ、結衣は」と松嶋くんがつぶやく。

もう。そういうこと言うから恥ずかしくなっちゃうんだよ。

心の中で小さくつぶやいているのが聞こえたのか、横目で彼をそっと見つめると、ニカッと笑ってウィンクをされた。

何をしても画になる姿は、六年前から変わっていない。むしろ、パワーアップしてきていて、困るくらい。

いつも私のことを大事にしてくれて、守ってくれる。

おかげで私は、母がいなくなってからずっと自分のことは自分で守らないと、と張りつめていた心が緩んできている気がしていた。

何かあったときには松嶋くんから離れないといけないのに……。

心が緩んでいても、その思いだけは心の奥底には潜んでいる。

その最後の砦というべきなのか、私の中で松嶋くんのことを名前で呼ばないことが、気持ちの表れだ。

きっと名前を呼び出してしまったら抜け出せなくなるんじゃないかと、自分で思っているから。

松嶋くんには再三にわたって『名前で呼んでもらいたい』とリクエストされているけれど、『会社で間違って呼んじゃったら困るから』と頑なに拒んできた。

最初の方は不満そうに口を尖らせていた松嶋くんだったけど、ここ最近は諦めてきたのか何も言わない。

それをいいことに松嶋くんに守られている私。

どこかでバチが当たるんじゃないかと思っていた私に衝撃の事実が走るなんて露知らず、私は楽しい時間を松嶋くんと過ごしていたのだった。






松嶋くんとコンサートデートを楽しんでから二週間後。

夕方、小春ちゃんが人事のフロアに顔を出した。

大きなお腹を守りながら、ゆっくりと歩いてくる小春ちゃんは、明日から二度目の産休に入る。

四年前に、同じ職場の先輩と結婚した小春ちゃんは、二年前に一人目の男の子を出産しており、これが二度目の出産になる。

復帰してからの小春ちゃんは、前よりももっとたくましくなって、綺麗になった。

そして、二回目の今回も大きなトラブルはなく、臨月ギリギリまで仕事をした小春ちゃん。

「結衣ちゃん、お願いね~」