「松嶋くんは、少し仕事が入ってて。もう少ししたら来ると思うんですけど」

「あら。秘書って忙しいのね。今日は土曜日だし、普通だったらお休みでしょ?」

「得意先の方に言われると断れないことも多いみたいで」

「そっか。結衣ちゃんも寂しいな」

清志兄ちゃんの言葉にかぶるように、お店のドアが開いて、息を切らせた松嶋くんが顔を出した。

「ごめん、結衣。待たせた?」

「ううん。ふたりと話してたから大丈夫だよ」

「そうだぞ。蒼大がもう少し遅く来てくれたら、俺たちが結衣ちゃん独占できたのに」

「清志さん。冗談でもそんなこと言わないで下さいよ。結衣は俺のものです」

「イケメンに真顔でそんなこと言われたら、何も言えないなあ」

両手でお手上げ、のポーズをして、清志兄ちゃんはカウンターへと入っていく。

「いつものでいいか?」

「はい。あと、あずきのスコーンもらえますか」

「了解」

私の隣の椅子に腰を掛けながら、ネクタイの結び目を緩めている姿が画になっていて、思わずぼんやり見つめていると、松嶋くんが軽く首を傾げた。

「何?」

「う、ううん。なんでもないよ。お休みなのにスーツなんだなって思っただけ」

「そうなんだよ。ちょっと得意先の会社に社長と訪問だったからさ。終わったら結衣とデートだったし、もう少しカジュアルな服装で行きたかったんだけど。でも、このほうがよかったんだよ」

突然ニヤッと笑う松嶋くん。今度は私が首を傾げる番だ。

「休日出勤のお詫びに、社長からもらったんだ」

「これって、オーストリアの管弦楽団の来日コンサートのチケットじゃない」

松嶋くんの手にあったのは、行きたいなと思ったけれど、結局買わなかったコンサートチケットだった。

「やっぱり、結衣は食いついた。好きだろうなって思ったんだよ」

「うん。どうしようかなって考えてるうちに完売しちゃってたから。でも、どうして社長が?」

「夫婦で行こうかと思ってたらしいんだけど、親戚が訪ねてくるらしくて行けなくなったんだって。で、よければって頂いたんだ。服装次第では着替えに家に帰らないといけなくなるところだったから、ちょうどよかったなって思って」

「そっか。コンサート、今日の夜だもんね。だから松嶋くん、私に少しドレッシーな服装でってメールくれたんだ?」