「わっ、ハイスペック様きたよー」


 
 そばを通ったスタッフの声にはっとして顔を上げる。
 
 エレベーターが開いて、紘平が降りて来たのだ。


「今日の朝食はルームサービスじゃないの?」
「ブュッフェに来るなんて初めてじゃない?」

 女性たちはにわかに騒ぎ出した。

 白いシャツをラフに着た紘平が、レストランに向かう。

 昨夜も遅くまで仕事したはずなのに、その姿は爽やかだった。


 やはり、人目を引いている。

 その姿を見ただけで、みのりの鼓動が騒ぎ出す。
 
 昨夜のキスを思い出して、思わず顔を伏せた。



 すると、


「おはよう」
 
 頭上で声がして顔を上げると、紘平がコンシェルジュデスクに立っていた。

「お、おはようございます」
 
 声がどもってしまう。
 
 意識するなという方が無理だった。
 

 周りの視線が一気にこちらに集まっていることを感じる。


「これ、忘れ物」
「え?」
 
 紘平はポケットからスカーフを取り出した。

「あ……っ」
 
 すぐ思い当たり慌てた。
 
 
 紘平が解いたスカーフだ。
 
 昨夜そのままスイートルームに置いて来てしまったのだ。
 
 今日はそのせいで色違いのスカーフを巻いていた。


「…ありがとうございますっ」
 
 立ち上がり受け取ると、隠すようにデスクに置いた。
 
 その行動に紘平は、クスと小さく笑う。

「どういたしまして」
 
 紘平は少しだけ顔を近づけ、声のトーンを落とす。

「無いと困るかなと思って」
 
 小声で言われ、昨夜の事柄がよみがえる。
 
 そのスカーフにまつわる秘密を共有している感覚になり、みのりは顔を赤く染めた。


「あ…それで今朝はブュッフェにいらしたんですか?」

「まあ、そんなとこ」

「わざわざありがとうございます」

「いや、たまにはルームサービス以外もいいと思って」
 
 余裕のある笑みを浮かべ去っていく。