まだ、夢は続いているらしい。


 夢だけど、現実。


 おかしいけれど、それを確かめたくて紘平の頬に手を添える。

 ここにいるのは、ずっと憧れて来た彼で、その彼が自分の唇を求めている。


 酔っているせい?

 それとも、女性にそういうことをするのに抵抗がない?


 いろんな疑問がみのりの頭の中を駆け巡る。



「……先輩」


 自然と、仕事上での“伊崎さま”という呼び方から、変わっていた。
 

 どれでもいい、今は。
 

 こうして自分を求めてくれる彼が、自分にとってすべてで。
 
 いつか醒める夢だとしてもかまわない。
 

 愛し気に彼を見つめた時、タイミングよく再び唇が重なった。
 
 二回目は優しくて、そっと触れるようなキス。
 

 薄暗いスイートルームの隅で、まるで世界中から隠れるように。
 


 紘平とキスしている。
 
 信じられない。


 頭の中が整理できなくて、ついぼんやりとしてしまう。


「ごめん、いきなりだった」
 

 そんなみのりを見つめて、くすっと紘平が零した。
 
 そしてみのりを引き寄せ、自分の腕の中に収める。


「先輩……何かありました?」
 

 その仕草が、何か癒しを求めているような気がした。
  
 さっき、一人でバーで飲んでいた、というのも少し気になっていた。
 
 連日のミーティングに根詰めすぎて疲れているのかもしれない。
 

 何かあって気晴らしをしていたのではとみのりは思った。


「別に何も……」
「……」
「と、言っても、一流のコンシェルジュの目敏さには、通用しないか?」
 
 じっと見つめるみのりに、参ったなと笑う。


「少し、付き合ってくれるか」
 
 
 紘平はみのりを連れてリビングへと移動する。
 
 
 テーブルの上には、ウィスキーセットが置いてあった。
 
 瓶は数本、空になっており、紘平が連日飲んでいたことがうかがえる。
 

 2人並んでソファに掛けると、ちょうど目の前に夜景が広がった。
 
 ここに1人座り、ウィスキーをあけながら、紘平は何を考えていたのだろう。
 
 
 ゆっくりとした手つきで、紘平がグラスに氷を入れる。


「なかなか集中できないんだ」

「仕事ですか?」


 琥珀色のウィスキーを、二つのグラスに注ぎながら紘平は頷いた。


「ああ、いつもと勝手がちがうからかな」


 そう言って、ちらりとみのりに目配せする。


 そして、含みを持った笑み。


 その微笑みに、どきりと心臓が跳ねる。