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閉まりかけたエレベータードアにぬっと腕が入って来た。
「……っ」
驚いたみのりは、声にならない声を上げる。
その日の業務を終え、一息ついていたタイミングだっただけに尚更だった。
ドアを強引を押し開けて入って来たのは。
「伊崎先輩……!」
「セーフ」
紘平そのままエレベーターに乗り込み、ドアは静かに閉まっていく。
急に現れた紘平を驚いて見つめる。
隣に並ぶ紘平からは、コロンと微かな酒の香りが漂う。
横顔を窺うと、少し乱れた雰囲気がそこにあり、どきりとした。
距離が近い。
「飲んできたんですか?」
「ああ、下のバーで、ちょっと」
見たことのない、酔った伊崎の姿と、鼻孔をくすぐる甘い空気に、どきどきとしていると、
「もう終わり?」
「はい、これから各フロア点検してからあがろうとしてました」
そうか、と見つめて来た紘平の瞳から目が離せない。
「じゃあ、残業頼んでもいいか」
「え……」
「必要なものがあれば何でも用意しますって言っただろ」
「はい」
何を、と聞く前に、絡まる指先。
突然のことに心臓が早鐘のように動く。
返事は求められなかった。
紘平は黙って階ボタンを押す。
そのまま伊崎のスイートへと吸い込まれていく。
エレベーターは無言で急上昇していった。