「スイートに宿泊してる伊崎社長のスタッフ、みんなイケメンだと思わない?」


「私も思った! 思わずネットで会社チェックしちゃった」


 浮かれた声が、社員食堂に響く。

 パーティションの向こうから、女性スタッフたちの噂声が聞こえて来た。


 翌日のランチタイム。

 1人で休憩を取っていたみのりは、伊崎の名前にどきりと反応した。


「私も、SNSフォローしてみた」
 

 連泊でホテル利用していることもあり、伊崎はじめスタッフたちの顔をよく見るせいだろう。
 
 彼らの容姿や言動に、ホテルの女性スタッフは日々興味津々になっていく。


「私、あの童顔の子、ちょータイプ」

「あ、いつも伊崎さんのそばにいる人でしょ? 確か、相沢司さん。サイトでチェック済みだよ、実質、ナンバー2みたい」

「仕事バリバリできるのに、アイドル並みに可愛い顔してるとか、ギャップにもえちゃう」



 ギャップはそれだけではない。

 あれはまさに、可愛い顔をした小悪魔と言ったところだ。

 人の心を操るような慧眼と言葉。

 さっきまで会話していた司の顔が浮かび、みのりはこっそりそう思った。



「でもやっぱり伊崎社長は、別格だよね」

「まさにハイスペック! イケメンなのはもちろん、高学歴、高収入、揃いすぎてて近づけない感じ?」

「サインとか写メもらっても大丈夫かな? 有名人だし欲しいかも」


 やはり女子にしてみれば、紘平は近寄りがたいほどの魅力と才能を持ち合わせていると思わせるのだろう。

 まるで芸能人のように扱われているのにも、納得できる。



「やだ、あんた近付こうとしてたの?」

「や、無理だけどー、いいじゃん妄想と観察くらい」

「だよね。それに、そもそも伊崎さんて結婚してるでしょ?」


 結婚という言葉に、ランチをしていたみのりの手が止まる。


「でもネットには、肝心なその情報が出てないんだよね」

「一般人だから伏せてるんじゃないの?」


 伊崎ほどの有名人なら、噂のひとつでもネットに出ていてもおかしくないはずだ。

 けれど彼女たちが言うには、結婚どころか彼女の噂も、今のところ存在していないらしい。