「ラスト一本! 気合い入れてけ」


 部長である紘平の声に、部員たちの返事がトラックに響く。
 
 みのりは軽く深呼吸をした後、スタブロを蹴って飛び出した。
 
 加速と共に、ハードルが近づいてくる。
 タイミングは合っている。
 
 抜き足を軽やかに上げて、一台目、二台目とハードルを飛び越えた。
 


 夏合宿、最後の日。
 
 国体予選に向けての最終調整とあって、部員たちは気合いを入れていた。
 
 みのりも万全の態勢で、大会に臨む……はずだった。
 

 ガシャン!
 
 派手な音を立てて、ハードルが倒れる。


「……っ」
 
 みのりはやや態勢を崩しつつも、そのまま次のハードルへと向かった。
 
 しかし、そこから先のハードルを全倒しとなってしまった。


「みのり、ドンマイだよ」
 
 ゴールで待っていた成美が声をかける。

「ん……」
 
 息を弾ませたまま、みのりは膝に手を当てた。
 


 どうしても最後まで飛べない。
 
 みのりは焦りに唇を噛みしめた。
 

 原因はわかっている。
 
 先月あった地方記録会で、みのりはハードルに足を掛けて転んでしまった。
 
 膝を血で真っ赤に染めながらも起き上がり、最後まで走り切った。

 
 しかし、タイムは散々たるものだった。
 
 あれからトラウマのように、ハードルを倒してしまう。
 
 また転んでしまうのではないか。
 誰かが転んだ自分を失笑するのではないか。
 

 そんなことばかりが気になって、走りに集中できなくなっていたのだ。
 
 倒さないように綺麗に飛ぼうとすれば、今度はタイムが遅れる。
 
 顧問や仲間は「リラックスだよ」と言うけれど、そう意識すればするほど体に余計な硬さが生まれた。
 
 この合宿でそれを克服したかったけれど、コツを掴めないまま最終日になってしまった。