会議はまだ長引きそうだ。

 差し入れの他に、なにか自分に手伝えることはないかと考えながら、みのりはエレベーターを待った。


 社会人になった先輩はどんなふうになっているのだろうと、今まで何度も想像したことがある。

 きっと素敵な大人の男性になり、一生懸命仕事に向かっているのだろうと。

 そして偶然再会した彼は、みのりの想像通り、いやそれ以上に魅力的な人になっていた。
 
 あんなふうに仕事に向き合っている姿を目の当たりにすると、かつて抱いた憧れだけではない思いがあふれ出てくる。


やっぱり伊崎先輩は素敵な人だ。

そして自分は、そんな彼のことを……。


「このフロアには喫煙所はないんだな」
「え……」

 突然、声がして振り向くとすぐそばに紘平が立っていた。


「はい、一階のフロント階に設置してあります」
「そうか、篠田もフロントに戻るのか」
 
 はい、と頷くと、

「じゃ俺も行く」
 
 紘平は隣に並んだ。
 
 
 そばに立っているだけなのに、彼から漂う微かなコロンの香りに、みのりは鼓動を速める。
 
 紘平はリラックスしたように、手をスーツのポケットに入れエレベーターを待っていた。



「そのうち、頼む」

「はい?」
 
 みのりは紘平を見上げた。


「さっき言ってただろ、必要なものがあれば連絡くださいって」
 
 部屋を出る前の言葉を思い出して、みのりは頷いた。


「はい、何でも言ってください。すぐに用意しますので」


「何でも…?」
 
 
 不意に彼の声音が優しく変わり、視線がみのりに落ちてくる。
 
 甘くて、どこか危険を含んだ瞳。
 
 目が合った瞬間、さらに大きく鼓動が跳ねた。
 

 紘平の視線に捕まったまま、動けない。
 
 
 何でも、とはどういうことだろう。
 
 そう聞きたいけれど、唇が硬直していた。
 

 
 そこへ彼の唇が、ゆっくりと近づいてくる。
 
 まるで、「必要なものは、これ」と訴えるように。
 
 どうしよう、と迷う暇もなかった。

 

 それどころか、彼の引力に引き寄せられ、みのりはそのまま軽く目を伏せる。
 
 
 キスを待ってはいけないのに。
 

 その時。



「そんなものまでオーダー出来るなんて、さすが一流ホテルはちがうな」