「体をください」

その客は人の形をした白い霧のような、

霧のような……

「人間の体、売ってますよね」

私が見た限りでは今は人ではない。

妻がこの世を去ってから10年この店を続けているが、扉をすり抜けてきた客は初めてだ。

「何でもあるのでしょう。それともインチキですか?」

低くて通る声。
その声色から判断して、それは若い男性だろうか。

「聞いてます?」

「あ、ああ……」

苛ついたような強い口調で迫る彼に、レジカウンター越しとは言え後退りする。


「早く、体を」

彼はモヤモヤとした手らしきものを差し出して催促した。


そんなことを言われても……

“無い”と言いかけてふと気付いた。



有るじゃないか。



私の体が。