「きれいだね、桜」


当時、澪の席は窓際の列の一番前だった。

そして目の前にある丸椅子が副担任の杏奈先生の席だ。

そんな向かい合わせの状態で、澪が窓から見える桜を眺めていると、杏奈先生から突然声をかけられた。


「笠原さんはいつも桜を見ているね。桜、好きなの?」

「あ、はい」

「そう、先生もよ」


優しい笑顔でじっと見つめる先生の瞳は、よく見ると髪色と同じ栗色をしている。

澪は目をそらすように俯いた。

なんだか、この人と目を合わせているとなぜか緊張する。

大人というか、大人の女性というか。

何もかも見透かされている気がして、恥ずかしくなってくるのは何でだろう。


「幸せな気持ちになるよね」


えっ、と澪は顔を上げた。


「桜を見ていると幸せな気持ちにならない?私、花の中でも桜が一番好きなの。あんなに優しく咲いてくれる花は他にないと思う」


太陽の光に照らされて笑う先生の笑顔はとてもきれいだった。

澪はゆっくりと口を開いた。


「あたしもそう思います」


栗色の瞳と目が合う。

そしてまた、先生は微笑んだ。


「気が合うね」


その日から、放課になると窓際で先生とたわいもない話をすることが澪の日課になった。