私は離れた個室から華やかな歓声が上がっていたことを思い出す。良かれと思って提案した店だったが、男性には敷居が高かったのかもしれない。

もっと気を遣えばよかったと反省していると、向き合った状態の染谷くんが私の両肩をつかんだ。普段は冷静だけど穏やかで優しい染谷くんが、張り詰めた表情をしている。


「あれは、男が、女を、口説く時に使うような店だから! 桜田が松井に気があるの、気付いてる?」

「ええ?!」


言葉を切る度にぎゅ、と肩に置かれる手に力が入る。珍しく声を荒げた染谷くんの放った内容が、よく働かない頭の中でぐるぐる回る。

染谷くんも、多分、酔っている。
顔がほんのり赤くて、吐く息からはアルコール特有のにおいを感じる。
それでも、お酒の席という理由では決して流せない何かを感じたのだと気付いた。


「で、でも! 桜田くんは染谷くんに憧れてるって聞いて」

「多少はそう思ってくれているかもしれないけれど、松井の気を引くために言ったのかもしれない。なにより、あいつの松井を見る目ですぐ気付いた」


そして、少しだけ苦笑いしながら付け加えた。


「俺みたいだったから」

「え」


遠回しに再告白されているような気持ちになり、顔に熱が集まっていくのが分かる。


「仲のいい後輩だろうし、松井の気持ちは分かるよ。俺だって後輩にはいいところ見せたいし。でも松井がああいう薄暗い店で他の男と二人きりになるのは、俺が嫌だ。松井に気があるのなら、尚更」

「染谷くん……」

「はは、我ながらひどいヤキモチだよな。こんな俺は全然〝憧れの存在〟なんかじゃないだろ?」


先ほどの話題を揶揄するように、染谷くんが笑ってみせる。私は確かに桜田くんが染谷くんに憧れていると紹介したし、また、自分もそうだと付け加えていた。


「ううん」


私は緩く首を振る。
確かに染谷くんは仕事が出来るし、信頼も厚い。しかし、私が憧れているのはそれだけではないのだ。

意外と食べることが好きで色んなお店に挑戦しているところとか、恋愛にはちょっと奥手でかわいいところとか。

……こうして、ヤキモチを焼いてくれるところとか。

近付くほどに人間味が溢れてきて、愛おしい。そんな染谷くんに、私は今も憧れ続けている。